投資の達人に聞く⑪AMOne「自由演技」(中)中小型成長株ファンドの「勝ちすぎ」を警戒し、大型割安株へシフト、2021年の勝因に
酒井義隆さんが運用するアセットマネジメントOneの「自由演技」の特徴は、株式市場の動向や、他のファンドの運用成績を分析しながら、ファンドの中の大型株、中型株、小型株の割合を機動的に変え、ベンチマークであるTOPIXを上回る運用成績を目指すことにある。
TOPIX(7月末の構成銘柄数は2189)は大型株が時価総額の6割、中型株が3割、小型株が1割を占める。仮に、運用するファンドで大型株を6割保有すれば、TOPIXと似た値動きになる。「自由演技」では過去5年間で、大型株の割合を5割を中心値に置きながら、マーケットの状況を見て、4割から6割の間で動かしてきた。
相場を見て、ポートフォリオを大型株や小型株に寄せる
例えば、外国人投資家の先物買いで日経平均株価が上がるようなら、大型株の地合いが強いし、逆に日経平均が外国人の売りで下がるようなら、大型株は弱含む。しかし、外国人が政権交代などで日本経済の構造改革を期待して、腰を据えて個別で日本株を買ってきた場合は、同じ外国人の買いでも小型株が堅調になる場合もある。「その時々のマーケットの状況を見ながら、ポートフォリオの中身を大型株に寄せたり、小型株に寄せたりと、調整している」(酒井さん)という。
酒井さんが、運用に当たって注視している大きな要素の一つが、社内外の他のファンドの動向だ。「バリュー(割安株)相場は、バリュー株ファンドが勝つ相場」「グロース(成長株)相場は、グロース株ファンドが勝つ相場」ととらえ、バリュー株、グロース株、スマートβ(「高配当」「高ROE」など特定のルールを決めて独自の指数(スマートβ)を作り、投資銘柄を選ぶ投資戦略)などあらゆるファンドの動向を見ている。
「ひふみ投信」や「厳選投資」の運用成績を注視
その中でも、レオス・キャピタルワークスの「ひふみ投信」とスパークス・アセット・マネジメントの「新・国際優良日本株ファンド(愛称:厳選投資)」の動向は特に注目している。「ひふみ投信」は、中小型株の組み入れ比率が5割と高い、日本の代表的な中小型成長株ファンドだ。「厳選投資」は、国際的な競争力がある日本の優良大型株20銘柄程度に集中投資し、市場リスクを管理しながら、高いリターンを上げていることで知られている。
「勝ちすぎ」のレベルと「負けすぎ」のレベル
酒井さんは、「彼らは素晴らしい運用をしているが、良いファンドが勝っていい『勝ちのレベル』がある。そのレベルを超えると、そのファンドが買っている銘柄が『買われすぎ』ということになる」と話す。一方、昨年はコロナの感染拡大で、バリュー株ファンドが全滅だったが、これも「負けても良いレベル感」があって、このレベルを超えるファンドが増えてくると、必ず、市場で巻き戻しが起きるという。
2020年の相場は、新型コロナの感染拡大で、3月に株式相場が底値を付けると、世界的な金融緩和や、日銀のETF(上場株式投信)買いで相場が反転。テレワーク(在宅勤務)やオンライン教育、オンライン医療が一般的になり、日本経済・社会のデジタル化が一気に進むとの見方から、中小型のDX(デジタルトランスフォーメーション)関連銘柄が4~9月にかけて大きく買われた。9月に誕生した菅政権がデジタル庁の設立を公約に掲げたこともあり、DX関連銘柄の割合が多い東証マザーズ指数は、3月19日の558㌽の安値から、10月14日には1365㌽の高値を付けた。
中小型株ファンドの好成績続出に警戒感
その過程で、中小型成長株ファンドの運用成績は、軒並みTOPIXを上回ったが、酒井さんは、逆に、中小型成長株ファンドのリターンが出すぎていることに警戒感を強めたという。「市場の物色が過度に行き過ぎているので、その人たちが利益確定売りを出し始めると、そのゾーンの銘柄が厳しくなる」と予想したわけだ。
他方、昨年4~9月は、「デジタル時代の負け組」とされた大型バリュー株を組み入れるバリュー株ファンドが「負けてよいレベル」をはるかに超えて、TOPIXのリターンを下回っていた。もし、バリュー株の巻き戻しがあるなら、かなり大きなものになるし、それに対する手当をしなければいけない。酒井さんは、そうした判断のもと、「自由演技」で中小型の成長株を減らしながら、大型の割安株の組み入れを増やしていった。
中小型株を売り、大型株を増やす
「自由演技」の大型株比率でこの動きを追うと、20年2月に53%だった大型株比率は、3月に株式相場が底値を付けた後、コロナを追い風とする中小型成長株を買い付け、4月に45%に低下した。しかし、その後、「コロナ追い風銘柄」は買われ過ぎと判断し、6月、7月から少しずつ売却、逆に、「コロナ逆風銘柄」である割安の大型株を買い増し、大型株比率は8月に53%に上昇した。9月に菅政権が誕生し、「コロナ追い風銘柄」が再び買われる展開があったが、8月、9月も引き続き、「コロナ逆風銘柄」の物色を継続。11月のコロナワクチン開発の話が出ると、新年には人々の生活が少し正常化すると予想し、11月、12月に再び「コロナ逆風銘柄」を積み上げ、21年1月に大型株比率は56%にまで上昇した。
バリュー株相場反転にうまく乗る
今年に入ってからは、コロナの抑え込みによる中国景気拡大、ワクチンの接種拡大による欧米景気の回復を受け、株式市場の物色の矛先が、海運株、商社や鉄鋼、機械、自動車などの大型の割安株に変わったため、中小型成長株の組み入れで昨年4~12月にリターンが良かったファンドほど、1~3月の運用成績は悪かった。しかし、「自由演技」は、こうした「コロナ追い風銘柄」の行き過ぎに対する警戒感から、3度に渡り、「コロナ逆風銘柄」の組み入れを進めたため、TOPIXより高いリターンを実現することができた。
大型株の選定では、アナリストの意見を参考に
それでは、個別銘柄の選択はどのようにしているのか。大型株については、社内のリサーチ機能が充実しているので、アナリストの意見も参考にしながら決めている。酒井さんは相場の状況を見ながら、例えば、「商社株に投資する」とは決めるが、それを、三菱商事、三井物産、伊藤忠のどれにするかは、それほど、こだわらないという。トヨタ自動車などもそうだが、こうした大企業は情報開示がしっかりし、欧米、中国など世界中の投資家が保有している。個別銘柄の調査に時間を掛けても、その手間に見合う超過収益を得られる可能性が低いからだ。
中小型株の選択に力を入れる
逆に、酒井さんが力を入れるのは中小型株の選択だ。特に小型株は、大型株と違い、海外の投資家と国内の投資家の間に大きな情報格差があり、その格差を活かせば、高いリターンが見込めるからだ。
例えば、2015年秋に投資したスターフライヤー株。全日空傘下の同社は、北九州を拠点に羽田、福岡間などを運航する新興航空会社だ。その当時、中間決算が発表されたときに、売上高はこれまでの予想と変わらないのに、営業利益だけが予想を大きく上回った。これは原油価格の下落で、燃料代が下がったためだ。
見逃されていたスターフライヤー株の上値余地
通常、国際線を運航する日本航空や全日空などの大手航空会社は、燃料価格に収益が大きく左右されることはない。それは、「燃料サーチャージ」という形で、利用者に燃料価格の変動のかなりの部分を転嫁しているからだ。航空会社に詳しいアナリストやファンドマネージャーほど、この「常識」が邪魔し、サーチャージがないスターフライヤーは、原油価格の下落が利益の増加に直結することを見逃していた。
酒井さんはスターフライヤーでこの水準の利益が出続けると想定すると予想PERは非常に低く、日本航空や全日空に比べ、5割以上割安であることを発見。同社株の組み入れで大きなリターンを上げることに成功した。
3400~3500社の決算を分析
酒井さんは、「銘柄やセクターに好き嫌い、得意や苦手意識がないため、企業や業種を見る際は、偏らず幅広く情報を収集している」と話す。本決算期である4月下旬から5月の第2金曜日までは3400~3500社くらいが決算発表をするので、その内容を3週間くらいかけて分析する。通期決算なら前年との比較や新年度の計画との対比、第1四半期決算なら、年度予算に対する進捗度を見ながら、PER、PBRも見て、株価の上値余地などを探る。社内には中小型株投資の達人である岩谷渉平氏や関口智信氏がおり、両氏との立ち話からヒントを得ることもある。
エムアップHDを買った理由
直近で、酒井さんが注目している中小型株が「エムアップホールディングス(HD)」だ。同社の時価総額は約250億円と小さいが、7月末時点で、組み入れ比率は1位の3・6%で、2位のソニーの3・5%を上回っている。
同社は、1997年にX JAPANが解散した時に、アーティストのhideさんを事務所所長として支えた美藤宏一郎氏が2004年に設立。12年に東証マザーズに上場し、現13年に東証1部に市場を変更した。歌手などのファンサイトの運用が収益の柱だ。
酒井さんは、エムアップHD株を保有する理由について、「モノよりもコトに対する消費ニーズが増大する中、わくわくするような体験を提供できる会社の一つであるため」と説明する。
「アーティストとファンの距離が近くなるにつれて、アーティストを応援する人々が増え、ライブ市場などは拡大。また、実際のライブは大都市圏でしか行われないが、オンラインライブ、VRライブであれば、インターネットがつながるところであれば、どこでも参加できる」。
ライブの電子チケットにおいても、ダフ屋行為が法律で禁止される中、二次流通市場の整備も求められており、その市場を取りに行ける会社だと認識しているという。
最終回は、数理モデルを基に株式を運用する「クオンツ」として運用の世界に入った酒井さんの経歴と、その経験が現在の運用にどのように生かされているのかを、紹介していきたい。
(稲留正英・編集部)
((下)に続く)