投資の達人に聞く⑫AMOne「自由演技」(下)画一的なスタイルをとらない機動的な運用手法は、クオンツ時代の経験から生まれた
アセットマネジメントOneの酒井義隆ファンドマネージャーは、大学で金融工学を学んだあと、2004年、興銀第一ライフ・アセットマネジメント(アセットマネジメントOneの前身)に入社。バックオフィス業務を経て、05年12月より、国内の公募投信や大手年金向けに日本株の運用をしている。「自由演技」の担当は、14年10月からだ。
運用の最初の8年間は、「クオンツ」として活躍した。クオンツとは、英語の「Quantitative(数量的、定量的)」から派生した言葉で、金融工学を用い、数理的な手法で運用する人を示す。
クオンツの経験を活かす
このクオンツの経験が、「自由演技」の運用にも生かされているという。例えば、大型株を4割から6割の間で動かす運用手法。TOPIXの大型株比率は6割なので、ファンドの大型株比率も6割にするとTOPIXに近いポートフォリオになる。一方、この比率を4割に下げると、TOPIXと動きが乖離するようになる。ベンチマークに対するファンドの値動きの乖離を「トラッキングエラー」と言う。
酒井さんは、クオンツ時代に「スマートβ(ベータ)」のファンドの運用を担当していたことがある。スマートβとは、「高配当」「高ROE」などのファクター(資産や個別銘柄のリターンやリスクを説明する共通の要因)に基づく独自の運用ルール(指数)を作り、アクティブ投信より低い運用コストで、ベンチマークに対し超過収益を狙う運用手法だ。
スマートβファンドの運用
その時、酒井さんは、「低ボラティリティ(株価の変動率が低い)・高配当」のスマートβファンドを運用していた。今から7~8年前は、小型株の領域は、あまり投資家の買いが入らず、市場から見放され、低ボラティリティの銘柄が非常に多かったため、そうした株式をファンドに組み入れていった。
その結果、TOPIXから見ると、「小型株ばかり」というファンドになった。このファンドは、TOPIXに対しトラッキングエラーが非常に大きく、TOPIXが上がった場合、それより大きく上がるか、小さくしか上がらないという、特性を示した。この経験を経て、トラッキングエラーが大きい運用を行わないと、高いリターンを得られないことが、肌感覚として分かった。
マーケットニュートラル戦略
同様に、クオンツ時代に「マーケットニュートラル」のファンドの運用をしていたことがある。個別株の変動要因には、①業績など個別株特有の要因、②市場の変動による要因――の二つがある。マーケットニュートラルとは、個別株の空売りや株価指数先物を用いて、ポートフォリオ全体に対する市場変動の影響を取り除き、個別要因だけをファンドの運用成績に反映させる手法だ。
酒井さんは、このファンドで、「大型株バイアス」「小型株バイアス」のサイズリスク(市場リスクの一つ)を取り除くため、「大型株と小型株領域を買い持ち、中型株領域を貸株で売る」というポジションを組んだ。本来なら、大型株、小型株ごとに空売りすればいいのだが、小型株は貸株を入手するのが困難なため、結果的に、中型株領域の空売りが増えてしまった。
サイズリスクを精緻にコントロールする
このポジションを組むと、数理モデル上は、サイズリスクが打ち消される。しかし、実際のマーケットでは、大型株や小型株に対し、相対的に中型株が強含むことも多く、大型株と小型株の上昇分を、中型株の空売りによる損失が上回り、ファンド全体のリターンがマイナスになってしまうことがあった。
この経験を経て、大型は大型で、中型は中型で、小型は小型で、厳密にロング&ショートのポジションを組むと、サイズリスクは極めて限定されることを確認。ポートフォリオで色々な銘柄を持っていても、サイズリスクを精緻にコントロールできれば、勝つことも少ないが、負けることも少ないことがよく分かったという。
「クオンツ・ショック」の教訓
過去のクオンツファンドの盛衰を見てきたことも大きな財産になっている。2000年代初頭は、割安性と成長性のファクターを組み合わせたクオンツファンドが流行したが、2007年8月の「クオンツ・ショック」で、こうしたファンドの運用成績が一気に悪化。解約も殺到し、同様の戦略のファンドの運用成績が軒並み悪くなった。
2010年以降では、スマートβファンドの領域で、電力や食品などの高配当の割安銘柄を買う戦略が流行った。しかし、一昨年からのコロナの流行により、「割安」の指標が崩壊し、これらのファンドの運用成績が悪化。顧客の解約が運用成績の一段の悪化を招く「負のスパイラス」に陥った。
画一的な運用スタイルはとらない
このような現象を複数回、経験し、酒井さんは、「クオンツモデルは、良い時期は凄く良いが、悪い時期になると、中にいる参加者を全員巻き込んで悪くなる」と実感。ファンド運用で画一的なスタイルはとらない方が良いと考え、それが、現在の「自由演技」の機動的な運用スタイルにつながっているという。
相場が、「バリュー株相場」なのか「グロース株相場」なのかを、判断する際に、社内外の他のファンドの運用成績を参考にする手法も、クオンツの経験から生まれた。
社内外のファンドを参考にする理由
クオンツの酒井さんは、「バリュー」「グロース」などのファクターのリターンを計算することができる。「『バリュー』というファクターが追い風になると、ファクターリターンがプラスになる、というような市場の解析をすることがよくある」(酒井さん)。しかし、ファクターリターンがどのようなロジックで計算されているかは、計算している本人しか分からないし、他の大多数の市場参加者が自分と同じ見方をしているとは限らない。
それよりも、「バリュー相場はバリュー株ファンドが、グロース相場はグロース株ファンドが勝つマーケット」と認識して、運用スタイルがはっきりしている社内外のファンドを参考にした方が、客観的に相場の状況を判断できると考えたことが、このような手法につながった。
日本株でもESG要素が重要になる
最後に、酒井さんに日本株の今後の見通しについて聞いた。
酒井さんが注目するのは、投資家のESG(環境・社会・ガバナンス)要素に対する関心の高まりだ。「アジアも欧米も関係なく、外国人投資家の投資先に対する質問の半分くらいはESGに関するものになっている」という。
酒井さんは、投資先企業の高いESGスコアが、即、高い投資リターンにつながるとは考えていない。しかし、「ESGに考慮がない会社は成長しにくいという傾向がある。逆にESGに積極的な会社は、成長産業に多く見られ、新しいタイプの会社が多い」と感じている。
他方、大手鉄鋼会社や海運会社など、二酸化炭素排出量の多い会社が、大変な企業努力で事業の脱炭素化を実現し、10年後にESGの優良会社に生まれ変わる可能性もある。
「自由な発想」の大切さ
つまり、同じESGという視点でも、時間軸によって、投資リターンの良い会社と悪い会社に違いが出てくることがあり得る。酒井さんは、そうしたことを考慮しながら、「自由な発想」で、投資リターンを積み上げる機会を狙っているという。
クオンツとしての確固たる経験と実績に基づき、相場の状況に、臨機応変に応じながら、成長株、割安株を発掘し、個人投資家、販売金融機関などすべてのステークホルダーに付加価値を提供する酒井さんの運用は、まさに「自由演技」の名前がふさわしいのではないだろうか。
(稲留正英・編集部)
(終わり)