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教養・歴史 書評

市場縮小、デジタル化…… いま競争政策が転換を求められている=井堀利宏

『競争政策の経済学 人口減少・デジタル化・産業政策』 評者・井堀利宏

著者 大橋弘(東京大学公共政策大学院院長) 日本経済新聞出版 2750円

各市場の豊富な実例を分析し政策方針の転換を模索

 米連邦取引委員会(FTC)がフェイスブックを相手に起こした反トラスト法(独占禁止法)訴訟の1審で、FTCの主張が退けられた。1940年代の判例での「シェア60%なら市場支配力」という競争政策の基準は、デジタル社会では時代遅れかもしれない。他方で、巨大IT企業の独占力を懸念するバイデン政権は、競争政策の強化に乗り出している。

 日本でも競争のメリットを重視する独禁法は経済憲法として定着しているが、IT化、デジタル化、グローバル化が進む現在、寡占を単に悪と見なすだけの競争政策は通用せず、行政指導や規制・監視の強化で問題は解決しない。競争を促す規制緩和や構造改革は必要であるが、人口減少が厳しい地方経済では企業再編・合併は避けられず、また、コロナ危機のような非常時では市場原理の限界も明らかになった。

 本書は我が国での競争政策が直面するこうした課題を正面から取り上げ、個別の産業分析に基づいて、競争政策の新しいガバナンスのあり方を提言している。

 産業組織論の第一人者である著者は、産業政策論のアカデミックな研究成果も丁寧に解説する。カルテルの評価には「市場支配力」で寡占の程度を定量的に判定する必要があり、消費者の嗜好(しこう)や生産関数のパラメータを直接推計する「構造推定」が効率性向上と競争制限効果を切り分けて評価できるし、厚生評価も可能だから望ましい。

 個別産業分野での事例分析も興味深い。公共事業における公共調達において、入札では価格とともに品質の情報が重要であり、電力市場の自由化では電力という財の特殊性に配慮すべきであり、地球温暖化対策では再生エネ買い取り制度の問題点として、太陽光発電は年間2兆円の国民負担に見合う政策ではなかったと指摘する。携帯電話市場では、バンドリング(機器本体とソフトウエアのセット販売)で適正対価がシグナルとしての情報を出せない点を説明する。

 民間の活動が公益的な価値と両立できる仕組みをつくるべきという著者の指摘は重要だろう。競争政策のメリットは消費者の利益だけでなく、持続可能な社会経済活動を維持する企業の事業環境にも配慮し、社会余剰基準に基づくべきと主張するのは正論だが、一般読者が納得するにはもう少し説明が必要かもしれない。本書はアカデミックな最先端の研究成果を解説しつつ、現実の事例にも目配りしており、情報量の多い産業組織論の研究書である。

(井堀利宏・政策研究大学院大学特別教授)


 大橋弘(おおはし・ひろし) 東京大学経済学部卒業後、同大学院経済学研究科修士号取得。同大学院教授等を経て2020年より現職。第3回円城寺次郎記念賞(12年)受賞。主な編著書に『EBPMの経済学』など。

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