教養・歴史書評

感動体験できる実店舗を! 巨大企業に負けない小売店の未来=藤原裕之

『小売の未来 新しい時代を生き残る10の「リテールタイプと消費者の問いかけ」』 評者・藤原裕之

著者 ダグ・スティーブンス(小売りコンサルタント) 訳者 斎藤栄一郎 プレジデント社 2420円

体験価値の高い実店舗を作れ 中小小売店の未来を示す一冊

 名門ブランドの経営破綻。中小小売店の大量閉店。新型コロナウイルスが小売業界にもたらした影響は凄惨(せいさん)さを極める。この事態を前に、なすすべもなく嵐が過ぎ去るのを待つのか、危機を100年に1度の機会と捉え復活に挑むのか。本書は後者の道を選択する勇気ある小売業者に、小売りの世界と消費者行動の深層を見極める視座を与えてくれる。

 著者の現状認識は事理明白である。閉店に追い込まれたブランドや小売店は基礎疾患を抱えた状態で生き残るチャンスはなかった。既存のショッピングモールや小売店は工業化時代の産物で、デジタル時代によって歴史的使命を終えつつある。小売りの食物連鎖の頂点に立つのはアマゾン、アリババ、ウォルマートなどの怪物企業で、巨大なエコシステムであらゆる業界をのみ込もうとしている。迎え撃つコストコやカルフールなどの大手ブランドは怪物企業のミニバージョンを目指す。

 では怪物企業と怪物ジュニア以外の店に残された道はあるのか。これが本書の最大の論点である。消費者は「徹底的な時間の節約」か「有意義に過ごす時間」を求めているが、節約面では怪物企業や怪物ジュニアに到底かなわない。勝ち目があるとすれば、有意義な時間と支出を味わってもらうサービスを提供する以外ないと主張する。

 怪物企業にはない感性で選ばれるサービスを生み出すには「なぜ、あなたのブランドが必要とされるのか」という問いに答えを出す必要がある。本書では「ストーリーテラー型」「活動家型」「流行仕掛人型」など、パンデミック後も消費者から支持される10種類のリテールタイプに対する「問いかけ」が提示される。「活動家型」を目指すのであれば、「自分の価値観と一致するブランドはどれ?」という問いかけに明快に答えられなければならない。

 リテールタイプに命を吹き込むために重要となるのが「実店舗」だ。コロナ禍で買い物の場はネット空間に移行し、実店舗は「商品流通チャネル」としての優位性を失った。本書ではショッピングモールを例に、パンデミック後の実店舗は顧客の体験価値を通じた「メディアチャネル」としての役割が重要になると主張する。顧客のインプレッションを評価する指標も提示され、小売り経営者には大いに参考になるはずだ。

 危機がもたらすチャンスを正面から受け止める勇気と気概を持てば、小売業者の進むべき道は開ける。「小売業の未来は明るい」と思わせてくれる一冊だ。

(藤原裕之・センスクリエイト総合研究所代表)


 Doug Stephens リテール・プロフェット社創業社長。人口動態やテクノロジー、消費者動向などを踏まえた未来予測は、多くのブランドに影響を与えているとされる。著書に『小売再生 リアル店舗はメディアになる』などがある。

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