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緊急寄稿 首都直下・南海トラフ・富士山噴火に備える=京都大名誉教授・鎌田浩毅〈サンデー毎日〉

    雄大な富士山
    雄大な富士山

     日本列島は1000年ぶりの「大地変動の時代」に突入した―

     10年前の東日本大震災以降、日本は大地変動の時代に突入したという。首都圏に暮らす約3500万人を襲う「首都直下地震」や死者32万人超が想定される「南海トラフ巨大地震」など巨大災害が確実に迫り、「富士山の噴火」の可能性も高まる。日本列島に生きる私たちは災害と向き合う覚悟が必要だ。地球科学が専門の鎌田浩毅さんに緊急寄稿してもらった。

     ▼南海トラフ巨大地震は2030年代に起きる

     ▼噴火スタンバイ状態の富士山 火山灰が都市を麻痺させる

     ▼すぐやるべき備えと「長尺の目」

     9月1日「防災の日」にあたり、地球科学の専門家として日本列島でこれから起きる地震・噴火をめぐる最新状況を解説しましょう。 現在、三つの課題があります。一つ目はいつ起きてもおかしくない首都直下地震、二つ目は約10年後に襲ってくると予測される南海トラフ巨大地震、三つ目が富士山をはじめとする活火山の噴火です。

     そのいずれもが10年前に発生した東日本大震災をきっかけとしています。具体的には、東日本大震災で日本列島が東側に5・3㍍も移動し、地下の岩盤に歪(ひず)みが入りました。不安定になった日本列島の至るところで直下型地震が起きています。それは10年たった今でも止(や)むことはなく、歪みが解消する過程を考えると、今後20年は止むことがないと予測しています。

     東日本大震災はマグニチュード(以下、Mと略記)9・0という前代未聞の大地震と、それに伴う大津波のため2万人近い犠牲者と約20兆円の経済的被害をもたらしました。こうした巨大地震の発生は平安時代まで遡(さかのぼ)ります。869年に東北沖で貞観(じょうがん)地震が起き、その直後から日本全国で地震が頻発しました。そして現在の日本列島はそれと全く同じ状況にあり、私たち地球科学者は1000年ぶりの「大地変動の時代」に突入したと考えています。

     さらに地下の歪みは活火山のマグマ溜(だ)まりにも影響を与え、東日本大震災の直後から不安定になった火山が数多くあります。日本に111個ある活火山のうちの約2割に当たる20の火山の直下で、火山性の地震が発生したのです。その中には富士山も含まれており「噴火スタンバイ状態」と言っても過言ではありません。以下で詳しく説明しましょう。

     直下型地震が頻発する日本列島

     日本列島には地震を起こす「活断層」が全部で2000本以上もあります。いずれも何十回も繰り返して動き、そのたびに地震が起きます。その周期は1000年から1万年に1回くらいで、人間の暮らす尺度と比べると非常に長いのが特徴です。 直下型地震は地面の比較的浅いところで起きるので、震源が人が住む場所に近いと大災害となります。また、発生直後から大きな揺れが襲ってくるため、逃げる暇がほとんどありません。1995年に起きた阪神・淡路大震災のように、大都市の真下で地震が発生すると建造物が倒壊して多くの人命を奪います。

     最大の懸念は、約3500万人の人口を抱える首都圏の直下で突然発生するM7クラスの大地震です。1855年には東京湾北部で安政江戸地震(M6・9)が発生し、4000人を超える死者が出ました。

     国の中央防災会議は首都圏でM7・3の直下型地震が起こった場合の被害を予測しています。冬の夕方6時、最大震度7の揺れに見舞われる最悪のケースでは、犠牲者数は2万3000人。このうち火災による犠牲者は1万6000人で、全壊・焼失建物は61万棟、被害総額は95兆円にも上ります。

     特に地盤が弱く建物が倒壊しやすい東京の下町地域と、火災が起きやすい環状6号線―8号線間の「木造住宅密集地域」は要注意です(拙著『首都直下地震と南海トラフ』MdN新書を参照)。関東大震災(1923年)では犠牲者10万人のうち、9割が火災により亡くなりました。

     高層ビルが多い都心部では、ビル風によって竜巻状の炎を伴う旋風が次々と発生し、地震以上の犠牲者を出す危険性もあります。また、下町地域の地盤は液状化しやすいため、道路が使えなくなる恐れもあります。

     こうした首都直下地震は明日起きるかもしれないし、数年後に起きるかもしれない。その直前予知は最先端の地震学でも全く不可能です。いわば我々は激甚災害の「ロシアンルーレット」をしていると言っても過言ではないでしょう。

     南海トラフ巨大地震という時限爆弾

     もう一つ、巨大地震が懸念されています。約100年に1回の頻度で起きる南海トラフ巨大地震です。ちなみに「トラフ」とは、海底に舟底のような平たい凹地形ができる場所を言います。南海トラフは静岡県沖から宮崎県沖まで続く水深4000㍍の海底にあります。

     南海トラフの北側には三つの「地震の巣」があり、震源域と呼ばれています。それぞれ東海地震・東南海地震・南海地震を起こした場所で、一部は陸地にもさしかかっています。古文書を解読して地震が起きた歴史を繙(ひもと)くと、南海トラフ沿いで地震と津波が約100年おきに発生したことが分かりました。

     そして3回に1回は東海・東南海・南海の三つの震源域が同時に活動する「連動型地震」でした。次はこの連動型地震が起きる番に当たり、首都圏から九州までの広域に甚大な被害を与えるでしょう。

     実は、三つの地震発生の順番は決まっており、最初に名古屋沖で東南海地震が発生し、次が静岡沖の東海地震、最後に四国沖で南海地震が起きます。前回は東南海地震(1944年)が起きた2年後に、南海地震(1946年)が発生しました。その前の回(1854年)は、同じ場所が32時間の時間差で活動しました。そして3回前(1707年)は三つの震源域が数十秒のうちに動きました。

     さらに、南海トラフで巨大地震が起きる40年ほど前から、日本列島の内陸部で地震が増加することが分かってきました。事実、20世紀の終わりごろから内陸部で地震が頻発しています。たとえば、1995年の阪神・淡路大震災の発生は、内陸地震が活動期に入った時期に当たります。古地震やシミュレーション結果から次の南海トラフ巨大地震が起こる時期を予測すると、2030年代(2035年±5年)となります。

     内閣府の想定では、地震の規模は最大でM9・1で、九州から関東までの広範囲にわたって震度6弱に見舞われます。津波は最大で34㍍。犠牲者は最大で約32万人、そのうち7割が津波によるものと予測されています。しかも南海トラフは西日本の海岸に近いので、巨大津波は一番早いところでは2~3分後に襲ってきます。

     全壊する建物は239万棟、経済的損失は220兆円という数字が挙げられており、全人口の半数近い6000万人が被災します。その結果、東日本大震災よりも災害規模が一桁も大きい『西日本大震災』となる恐れがあるのです(拙著『地震はなぜ起きる?』岩波ジュニアスタートブックスを参照)。

     2030年代には南海トラフ巨大地震が起き、次に述べるように富士山の噴火を誘発する可能性があります。現在の日本列島は1000年に1回と100年に1回の甚大災害が重なる時期であることを最初に認識していただきたいと思います。

    東日本大震災で沿岸部を襲った津波
    東日本大震災で沿岸部を襲った津波

     南海トラフ巨大地震で知るべき二つのポイント

     南海トラフ巨大地震は、発生時期が科学的に予測できるほぼ唯一の地震です。ところが残念なことに、巨大地震の発生する「日時」を正確に予知することは、地球科学ではまったく不可能です。

     そこで、政府の地震調査委員会は地震の発生確率を公表しており、南海トラフ巨大地震については30年以内に発生する確率を70~80%としています。

     ここに大きな問題があります。というのは、地震発生確率で示したのでは市民に緊急性が伝わらないからです。これは我々地球科学の専門家も全く同じで、私はあることに気がつきました。実際の社会で人は「納期」と「納品量」で仕事をしています。つまり、いつまでに(納期)、何個を用意(納品量)という表現で言われなければ、誰も主体的に動けないのです。

     そのため、私は2項目に絞って伝えることにしました。

    ①南海トラフ巨大地震は約10年後に襲ってくる(2035年±5年)

    ②その災害規模は東日本大震災より一桁大きい。

     もし人々が自発的に避難すれば津波の犠牲者を最大8割まで減らすことができ、また建物の耐震化率を引き上げれば全壊も4割まで減らせる試算もあります。 東日本大震災で大きな問題となった「想定外」をなくすには、まず日常感覚に訴える情報伝達から始めなければならないのです。

     「噴火スタンバイ状態」の活火山

     次の南海トラフ巨大地震は、富士山噴火の引き金になる可能性があります。1707年、宝永地震の49日後に富士山は大噴火(宝永噴火)を起こしており、以来300年以上もマグマが溜まり続けています。

     富士山直下のマグマ溜まりは10年前の東日本大震災で大きく揺すぶられ、マグマ溜まりの天井にヒビが入りました(拙著『富士山噴火と南海トラフ』ブルーバックスを参照)。さらに南海トラフ巨大地震で強い揺れが加われば、泡立ったマグマが勢いよく噴出して大噴火に至る恐れがあります。

     中央防災会議のシミュレーションによれば、大規模な噴火の発生後2~3時間ほどで首都機能がマヒする恐れがあります。すなわち、火山灰が神奈川県から東京都心、千葉県、埼玉県まで降り積もり、鉄道の運行と車の通行が難しくなり広い範囲で交通機関がマヒするでしょう。

     火山灰はパソコンやコンピューターなどの精密機器に入り込み、誤作動を起こします。また雨が降った場合には電気設備に火山灰が付着して大規模な停電が起きるほか、上下水道が使えなくなる恐れもあります。ちなみに火山灰は「灰」と書きますが燃えかすではなく、ガラスのかけらです。よって、呼吸器系の疾患や角膜の損傷など人体への影響も無視できません。

     今年の3月、富士山火山防災対策協議会は17年ぶりにハザードマップを改定し、溶岩噴出量を従来の約2倍に見積もりました。その結果、溶岩は神奈川県まで流れ、東海道新幹線や東名・新東名高速をのみ込む可能性が指摘されました。

     内閣府が発表した災害予測によると、富士山噴火による被害額は2兆5000億円と試算されています。この金額、1万円札を積み上げると何と富士山の6・5倍もの高さになるのです。

     防災の心得

     災害を防ぐには、100%の成果を上げようと思っても無理があります。よって我々地球科学者は完全な「防災」ではなく、できる限りの「減災」を目指し、生活内の小さな行動から大地震による被害を少しでも減らすことに目標をシフトしました。 その一つが、首都直下地震で約800万人も発生するとされる、帰宅困難者を減らす工夫です。地震の直後に数日は従業員が帰らなくてもよいように、企業や官庁は食料と水を備蓄するのです。

     そして従業員は家族に安否の一報だけ入れ、社内や官庁内に数日間留(とど)まるようにします。そうすることで助かった人がケガをした人を助けるなど、被害を最小限に抑えることができます。生き残った大勢の人たち全員が「防災士」として活動できるメリットが、実は人口過密の大都会にこそあるのです。こうした発想の転換は、激甚災害に対して前向きに対処する大切な考え方ではないかと思います。

     地震と噴火に対して何を準備するか

     次に個人で準備できることを考えましょう。私は室内の落下物から身を守るために、すべての家具・家電をストッパーで固定しました。次に重要になるのが防災グッズ、そして長く続く避難生活への備えです。食料備蓄は多ければ多いほどよいのですが、数カ月分の備蓄は現実的ではありません。よって、普段から冷蔵庫に入れている食材を、すぐ食べるものと万が一の非常食にするもの、という視点で購入するとよいでしょう。

     地震対策に比べると、大都市に火山灰が大量に降り積もる経験は日本人にありません。そのため噴火対策グッズを用意している人はほとんどいないのが現状です。そこで最低限必要なのは、火山灰から目や呼吸器を守るためのゴーグルとマスク、レインコートと帽子です。

     降灰している時は外出を控え、火山灰が屋内に入らないよう窓ガラスの縁や換気口を目張りします。一般の災害対策と同様、飲料水や非常用食料の備蓄、懐中電灯、リアルタイムの情報を得るための電池式ラジオなども必須です。

     どこでどのような災害が起きるかは、内閣府や自治体が公表しているハザードマップを事前に見ておくとよいでしょう。国や自治体を頼りにするだけでなく、自分の身は自分で守るべく、日ごろから家庭で備えておくことが大切です。

     揺れる大地を「しなやかに生き延びる」

     歴史を振り返ると「大地変動の時代」は社会が大きく動いた時代でもあります。たとえば、幕末期には安政南海地震(1854年)や安政江戸地震(1855年)が起き、1858年にはコレラが江戸市中で3万人の死者を出すほど大流行しました。その一方、幕末に松下村塾(しょうかそんじゅく)で学んだ20歳代の若者たちが、幕府の崩壊を上手にソフトランディングさせて明治維新を実現しました。

     次に南海トラフでは昭和東南海地震(1944年)と昭和南海地震(1946年)が起きました。混乱期に活躍したのが松下幸之助や本田宗一郎や盛田昭夫といった若者たちで、終戦後に技術・貿易立国の基礎を築いたのです。

     こうして幕末や戦後の大地変動に合わせ、日本社会は大きくリセットされてきました。2030年代に起きる南海トラフ巨大地震の後には、同様に若者たちが新生日本を蘇生させてくれると私は期待しています。

     実は地球科学的には、自然災害は悪いことばかりではありません。噴火が平坦な大地を作り、豊かな恵みを長期間にわたって与えてくれます。それに比べると災害期は短いのです。たとえば、江戸時代の富士山も噴火被害は数カ月でしたが、その後に300年の恵みの時代が続きました。

     ここには「長い恵みと短い災害」という自然の摂理があります。そして日本には、水害での流失を前提に川に簡素な橋をかけるといった「流れ橋の思想」があります。災厄に対して真っ正面から立ち向かわず上手にやり過ごす「しなやかな」災害観があるのです。 近未来に起こる地震・噴火災害に向けて、インフラ整備や教育によって災害をできるだけ減らすことはとても大切です。自然災害を防ぐ最大のポイントは、前もって予測し賢く備えることです。英国の哲学者フランシス・ベーコンが説いたように「知識は力なり」、知識があれば助かるのは事実です。

     地球科学的な「長尺の目」で見れば日本の未来を悲観する必要はありません。今こそ正しい知識を蓄え、揺れる大地を「しなやかに生き延びる」知恵を獲得してほしいと願っています。

    鎌田浩毅・京都大名誉教授
    鎌田浩毅・京都大名誉教授

    かまた・ひろき

     1955年生まれ。地球科学者。東京大理学部卒業。4月より京都大レジリエンス実践ユニット特任教授・名誉教授。理学博士

    (サンデー毎日9月12日号掲載)

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