投資の達人に聞く⑲NVIC「おおぶね」シリーズ(上)「一度買ったら売らずに済む企業」に長期集中投資、個人と資本市場の新しい関係を目指す好成績ファンドの投資哲学とは
世の中、猫も杓子も投資ブームだ。「人生100年時代」と言われる中、2019年に金融庁が、老後の30年間で生活資金が2000万円不足するという、「老後2000万円問題」を提起してから、投資熱が過熱。最近は、30~40代の間で数千万円~1億円の資産を形成し、早期のリタイアを果たす「FIRE(Financial Independence, Retire Early)」が話題となっている。その中核となるのが、株式のほか、仮想通貨、FX(外国為替証拠金取引)などの短期的な売買で、利益を積み上げる手法だ。しかし、これは、「投機」であり、「投資」とは言えない。
良い企業のオーナーになる
農林中央金庫グループの投資助言・運用会社、農林中金バリューインベストメンツ(NVIC)の奥野一成・常務取締役最高投資責任者(CIO)は同社の投資信託「おおぶね」シリーズを通じ、こうした「歪んだ投資ブーム」に警鐘を鳴らし、「本当の長期投資」を日本社会に根付かせようと試みている。
NVICは、「一度買ったら売らずに済む企業」を対象に長期集中投資し、顧客資産の中長期的な拡大を目指すことを投資哲学としている。これは、世界的な投資家である米国のウォーレン・バフェット氏が言う「良い企業のオーナー」になるのと同様のものだ。
ディズニーに投資すれば、ミッキーが働いてくれる
例えば、米アマゾンの株を買えば、同社創業者で取締役会長のジェフ・ベゾフ氏が自分の部下として働いてくれる。米ウォルト・ディズニーのオーナーになれば、ミッキーマウスが世界中でダンスをして、自分のために稼いでくれる。株価は、企業が上げてくる利益の「影」だ。良い企業のオーナーになれば、短期的な株価の変動はあったとしても、最終的には企業の利益に連動する形で株価は上がり、中長期の資産形成が可能になる。この思想に基づき、NVICは機関投資家向けのファンドのほか、米国株、日本株、世界株の三つの「おおぶね」シリーズで、個人向け投資信託の投資助言・運用をしている。
「構造的に強靭な企業」
運用に際しては、投資対象が「構造的に強靭(きょうじん)な企業」であることを重視している。具体的には、①世の中にとってなくてはならない付加価値の高い産業でビジネスをしているか、②その分野で他社が真似できない圧倒的な競争優位性を持ち、参入障壁を確立しているか、③人口動態などの長期的な潮流に乗っているか──の三つの視点で企業を評価する。
その典型例の一つが、米コカ・コーラだ。リーマン・ショックやコロナ・ショックのような経済危機があっても、人々はコーラを飲むことを止めない。また、炭酸飲料で世界シェア5割と圧倒的な競争優位性を持つ。コカ・コーラ以外は、ペプシ(世界シェア2割)とドクター・ペッパー(同6%)があるくらいだ。だから、炭酸飲料メーカーなのに利益率が2割もある。現在70億人の世界人口が将来90億人に増えれば、その恩恵を直接的に受ける。しかも、新興国の中間所得層の拡大により、世界人口の増加よりも速いピッチで、売り上げが拡大する可能性もある。
日本株で累積リターンは508%
NVICの投資手法の有効性は、運用成績で実証済みだ。NVICの前身時代の2007年から機関投資家向けに日本株、12年からは米国株の運用を開始したが、日本株は累積リターンで508%、年率で16.0%(09年1月〜21年3月)、米国株は同132%、年率13.7%(14年8月〜21年3月)の利回りを達成、それぞれベンチマークであるTOPIX(累積リターン221%、年率10.1%〔配当込み〕)、S&P500種(同117%、年率12.5%〔配当込み〕)を上回っている。
この実績を基に、2017年7月5日に米国株で運用する「長期厳選投資おおぶね」、19年12月20日に日本株で運用する「おおぶねJAPAN(日本選抜)」、20年3月19日に北米、欧州、日本株で運用する「おおぶねグローバル(長期厳選)」を順次、設定した。8月末の純資産残高はおおぶねが126億円、おおぶねJAPANが19億円、おおぶねグローバルが34億円で、設定来のリターンはそれぞれ83.3%、22.4%、56.8%だ。
「人生100年時代」の到来に危機感
機関投資家向けにファンドの運用をしていた奥野さんが、個人向けの投資信託の設定を決意したのは、日本社会が「人生100年時代」を迎える中、年金などの公的セーフティーネットだけでは、日本人が老後を過ごすことが困難になると危機感を抱いたからだ。例えば、日本の公的年金制度は100歳まで長生きすることを前提に制度設計されていない。しかし、今年9月1日時点では、100歳以上の高齢者は8万6510人で、51年連続で過去最高を更新している。かつて死亡年齢と言われていた80歳を超えて長生きしてしまうと、18歳から65歳の現役時代の稼ぎで、100歳までの生活資金を賄うことが出来なくなってしまう。
だが、高齢者になってから労働により生活資金を稼ぐのは、身体的な能力の衰えもあり、難しい。だから、現役時代から正しい投資の知識を身に着け、株式で資産形成すべきだと奥野さんは考えている。
「労働者」に限定された資本市場との関わり
今の日本社会にはインターネット、テレビ、雑誌などに金融商品の短期的な売り買いを促す「投機」に関する記事や番組が溢れかえっている。しかし、「長期投資」についての正しい情報は少なく、正しい知識を持った人はそれに輪を掛けて少ない。奥野さんは、その背景を、日本人が資本市場との関わりを自らの労働力の提供に限定してきたことにあると見る。
戦後長らく、新卒から「労働者」「サラリーマン」としてまじめにコツコツ働けば、終身雇用制度や企業内組合に守られ、企業が老後も面倒を見てくれる時期が続いた。だが、1990年のバブル経済でその構図は崩壊。新卒で日本長期信用銀行に入った奥野さんも、98年の長銀破綻で、身をもってその現実を知った。
「投資家」としての関わりに活路
しかし、資本市場と個人との間には、「労働者」以外に、「株主」「投資家」「オーナー」としてのかかわりが存在する。「良い企業」のオーナーになれば、日本電産の永守重信会長や、アマゾンのジェフ・ベゾフ氏のような超一流の経営者が、自分に代わってお金を稼いでくれる。奥野さんが「投資家の思想」にこだわるのは、日本において、このような資本市場と個人の新しい関係の構築を目指しているからだ。
会社で働く人が「投資家の目」を持てば、経営者と同じ目線で自分の会社を分析することになり、企業人としてのスキルを大幅に上げることが可能になる。若者が早い段階から「企業のオーナー」になる意識を持てば、かつて渋沢栄一や岩崎弥太郎のような起業家を多数輩出した土壌を日本に復活させられるかもしれない。奥野さんが一機関投資家の枠を超えて、大学で学生を対象に有力企業経営者を招いた株式投資講座を開いたり、投資教育に関する本を出版するのも、こうした考えの延長線上にある。
次回では、日本の運用業界に革命をもたらそうとしているNVICと「おおぶね」シリーズの具体的な企業発掘や運用手法などについて見ていきたい。
(稲留正英・編集部)
(続く)