『源氏物語』はグローバル経済を反映していた!?=評者・池内了
『西暦一〇〇〇年 グローバリゼーションの誕生』 評者・池内了
著者 ヴァレリー・ハンセン(エール大学教授) 訳者 赤根洋子 文藝春秋 2420円
大航海時代のはるか前に発生 世界規模のネットワークに学ぶ
人やモノの交流、金の移動と情報の伝達が世界的規模で高速化・大量化し、世界各地域の結びつきが著しく深まったことをグローバリゼーションと言う。この言葉が文字通り実現したのは、航空輸送・通信衛星・IC(集積回路)による通信革命がそろった1980年代だろうが、その規模や時間スケールは異なるものの、世界の歴史においてグローバリゼーションは何度か経験してきた。
その最初は通常、15世紀のコロンブスに象徴される大航海時代とされてきたが、本書は、そのはるか以前の紀元1000年ごろには既にグローバリゼーションが誕生していたことを論証しようとしたものである。歴史文書のみならず、沈没船から引き揚げられた遺物を分析し、サガなどの伝承文学や絵画や遺跡のレリーフに描かれた風俗を読み解いて、歴史の早い段階で世界がグローバルに結びついていたことをあぶり出すのに成功している。歴史を読み解く新しい視点である。
西暦1000年ごろ、新天地を求めて故国を離れたノース人(デンマーク、ノルウェー、スウェーデンの出身者)の一部がバイキング(「略奪者」「海賊」)と呼ばれ、グリーンランドやアイスランドからヨーロッパ北部へ、そしてカナダから北米へ進出していった。堅固な樫の木やオーク材を使って大型帆船を製作する技術を開発したからだ。そして、ノース人と北アメリカ原住民の間で交易が始まり、それはルーシ人(ロシア人の語源)と呼ばれた北欧人を通じて東ヨーロッパとの交易へと拡大されていった。ノース人が媒介者となって、異世界を結び付けるネットワークを形成していったのである。
もう一つの航海者はポリネシア人で代表される東南アジアの人びとで、アフリカのマダガスカルと日本を結び付ける海上ルートを、1000年前後には開拓していた。『源氏物語』には各地の香料をブレンドして、衣や住空間をその芳香で満たしたと書かれているのだが、それらの香料はどこから運ばれていたのか? 白檀(びゃくだん)や伽羅(きゃら)は東インド、乳香や没薬(もつやく)(ゴム製の樹脂)はアラビア半島、竜涎香(りゅうぜんこう)(マッコウクジラから採れる結石)はなんと北東アフリカの産品なのだ。インド洋を横切る交易路がこの頃には開かれていたのである。
代表的な二つの航海路を紹介したが、大航海時代が始まる以前には既にこのような地域ネットワークが形成されていたというわけだ。それらを最終的に結び付けたのが大航海時代であった。歴史は短時間で培われるものではないことがよくわかる。
(池内了・総合研究大学院大学名誉教授)
Valerie Hansen アメリカ生まれ。ハーバード大学卒業後、京都大学で研究し、ペンシルベニア大学で博士号を取得。その後、エール大学准教授を経て現職。著書に『図説 シルクロード文化史』など。