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投資の達人に聞く㉑NVIC「おおぶね」シリーズ(下)原点は長銀時代の経験とバフェット氏との出会い――高校や大学での投資教育に力、「長期投資」で日本の社会を変える

NVICの奥野一成さんは、人材育成こそ、最良の長期投資と考えている
NVICの奥野一成さんは、人材育成こそ、最良の長期投資と考えている

 農林中金バリューインベストメンツ(NVIC)の奥野一成さんには、投資家としての二つの原点がある。「長銀マン」時代の経験と、ウォーレン・バフェット氏との出会いだ。

子供時代は「軍師」にあこがれ

 子供時代、竹中半兵衛や諸葛孔明のような「軍師」にあこがれ、高校時代に『孫氏』に親しんだ奥野さんは、大学卒業後はコンサルタント(企業参謀)になろうと考えていた。実際にいくつかのコンサルから内定ももらっていた。そのことを、リクルーターだった先輩に話したところ、「お前は馬鹿か。金は出さないのに、口を出す人間の話を、経営者が聞くか。金も出すから、話も聞いてくれる。うちの銀行はそれをやっている」と言われた。その銀行が日本長期信用銀行(長銀)だった。

長銀時代の経験

 1992年に長銀に入ると、担当者が企業の財務部長と膝を詰め、5年単位でビジネスのアドバイスをしながら、融資をしている。企業と銀行がウインウインの関係を築く。まさに、「コンサルをやりながら、金も出す」(奥野さん)のを目の当たりにした。「この融資がエクイティ(株式)に姿を変えたのが、今のビジネス」と奥野さんは説明する。

バフェット氏との出会い

 二つ目の原点は、ウォーレン・バフェット氏との出会いだ。長銀から長銀証券に出向して、債券ディーラーをしていたが、98年に長銀が経営破綻。長銀証券は、UBSウォーバーグ証券に買収された。奥野さんは、UBS時代、英国で債券ディーラーをしながら、ロンドン・ビジネス・スクールでファイナンス学修士を取得した。この時に、出会ったのが、バフェット氏の投資哲学だった。

 バフェット氏は、投資先企業の持続的な競争優位性を徹底的に分析、その株式を永久に保有し、その企業が持続的に生み出す価値を残らず享受しようとする。だから、投資したコカ・コーラ株を一株たりとも売らずに、ずっと保有し続けている。「株式投資とは株券の売買である」との考え方が支配的な日本から来た奥野さんは、その思想に大きな衝撃を受けると同時に、融資と株式の違いはあるにせよ、長銀時代の仕事と似ていると感じた。

ウォーレン・バフェット氏との出会いが、NVICの奥野一成さんの人生を変えた Bloomberg
ウォーレン・バフェット氏との出会いが、NVICの奥野一成さんの人生を変えた Bloomberg

農林中金で未公開株投資を担当

 奥野さんは、日本に帰国後、長銀時代の先輩の誘いで、2003年に農林中央金庫(農中)に転職した。全国の農家のお金を預かる農中は、資産総額100兆円超の世界最大級の機関投資家だ。奥野さんは、農中で、オルタナティブ(代替)投資の部署に配属され、プライベートエクイティとヘッジファンドへの投資の二つを任されることになった。

100億円で「バフェット流」ファンド立ち上げ

 プライベートエクイティは、未公開株に投資し、その企業の経営に深く関与して、企業価値を高め、リターンを得る投資手法だ。「バフェット氏のように良い会社を売らない前提で買うのは、上場株をプライベートエクイティのようなやり方で持っているのと同じ」(奥野さん)。そこで、当時の上司に進言し、2007年から日本株ファンド「日本株長期厳選投資ファンド」を農中の自己資金100億円で立ち上げたのが、現在のNVICの原型となった。

 その後、企業年金や政府系ファンドなどの資金を受け入れファンドを拡大するため、運用チームを2009年に農中信託銀行に移管。2014年にNVICとして独立した。

NVICの三つのステークホルダー

 NVICは設立趣意書で同社の目的について、「価値に基づく資本配分を通じた経世済民の実現」と定めている。NVICのステークホルダーは、投資家(受益者)、投資先企業、コミュニティーの3者だ。NVICは、投資先企業(経営者)だけでなく、投資家、日本の社会とも「価値創造」という同じ船に乗っている。

 奥野さんは、「起業家は0から1を生み出すことができるが、そのビジネスを1から100にできるのは投資家」と話す。アメリカのライト兄弟は、飛行機を発明したが、それが、世の中に普及し、往来が便利になったのは、「そのビジネスに投資する資本家がいたから」(奥野さん)だ。

営業利益は社会課題解決の対価

 また、企業の営業利益は、社会課題を解決したことに対する対価だ。企業が持続的に営業利益を出していることは、持続的に社会課題を解決していることを意味する。「我々が長期投資に成功した暁には、世の中も絶対に良くなっているはず。これこそが、資本主義の根幹」と奥野さんは話す。

 そのため、投資家に対し運用に関する説明責任を果たすことや、長期投資に対する社会の理解やインフラ整備を促す投資教育や本の出版も、奥野さんにとっては、投資先企業との対話と同様に重要なミッションとなっている。

詳細な運用報告書のワケ

 投資家への説明については、個人向けファンドの「おおぶね」シリーズで、異例なほど詳細な月次運用報告書を作成している。 

 例えば、直近の2021年8月と9月の運用レポートでは、運用概況の報告の後に、投資を検討している米国のエレベーター会社、空調会社の詳細なリポートを掲載している。

 内容は、この2社の源流となった産業コングロマリットの沿革から始まり、両社が置かれている市場環境、競争優位性、収益性の分析、さらに、空調会社とそのライバルへの面談まで、広範囲に及ぶ。

NVICはその運用レポートで投資先企業に関し詳細な説明をしている(「おおぶね」の9月の運用レポートより)
NVICはその運用レポートで投資先企業に関し詳細な説明をしている(「おおぶね」の9月の運用レポートより)

伝えたいのは投資先企業の手触り感

 奥野さんは、「我々が受益者に伝えたいのは、投資先企業の手触り感。受益者は『オーナー』だからだ。機関投資家に運用の説明に行く時も、話題はリターンにとどまらない。先方からも、もっと企業の話をしてくれと言われる。個人投資家にも同じ姿勢で臨んでいる」と話す。

 個人には、「おおぶね」シリーズの3ファンドを保有する受益者を対象に、毎月「おおぶねメンバーズカンファレンス」としてZoomで運用報告会を開いているほか、年1回「年次運用報告会」を開催している。

独厨房機器メーカーで個人向け「試食会」

 今年は4月24日にドイツの厨房機器メーカー「ラショナル」の都内の日本支社で、リアルとオンラインの双方で、業務用オーブンを用いた説明会兼試食会を開いた。「こんなに素晴らしい機械を作っていて、世界で勝てる会社である、ということを理解してもらうには、実際に体験してもらうのが一番」(奥野さん)。その前の報告会では、米3Mの相模原事業所のテクニカルセンターに受益者を招いた。普段は、3Mが顧客企業に自社の技術を説明し、商談をする場所だ。投資家向け説明会を開いたのは初めてという。「3Mは凄い技術を持っている会社であることが理解してもらえた。受益者に大変、喜ばれた」と話す。

京都大学で永守氏らを招き特別講義

 投資家教育では2014年から京都大学で学生を対象に特別講義「企業価値の創造と評価」を、同大の川北英隆教授と開催している。全14回の講義のうち、毎年、5~6人の日本を代表する経営者を招き、経営哲学や体験などを語ってもらっている。登壇者は、日本電産の永守重信会長やオムロンの立石文雄会長をはじめ、そうそうたるメンバーだ。

「本当の投資は人生を掛けるもの」

 「画面を見て、売り買いするのが投資ではない。持てる時間、カネ、才能を全てモーターに投資した永守氏のように、本当の投資とは人生を掛けるものであることを、早い段階で学生に理解してもらうには、優秀な経営者の口から話してもらうのが最も正しいやり方」(奥野さん)。奥野さんは、毎年、この講義録を本として出版している。「僕の人生の中でも最良の投資と思っている」(奥野さん)とも話す。

NVICの奥野一成さんは、日本電産の永守重信会長の言葉が心に残っている Bloomberg
NVICの奥野一成さんは、日本電産の永守重信会長の言葉が心に残っている Bloomberg

高校でも金融教育を開始

 高校では、22年4月からの高校での金融教育の必修化に向け、金融教育教材を開発したり、ゼロ高等学院(東京・港区)で7月から投資教育の講座を提供し始めた。講師は奥野さんが務める。「人材育成こそ最良の長期投資」(奥野さん)。

 奥野さんは、日本電産の永守氏が講演で話したあるエピソードが記憶に残っている。永守氏は28歳の時、京都の自宅の納屋を改造し仲間と4人で創業、モーターを製造し始めた。それを日立や東芝に売り込みに行ったところ、年齢や資本金を理由に門前払いされた。そこで、米国に飛び、3Mに売り込んた。3Mは当時、テープレコーダーを製造していた。3Mはただ一点、「あなた方は我々にどういう貢献ができるのか」と聞き、日本電産が現在より小さなモーターを提供できることを知ると、すぐに取引を始めてくれた。

「簡単に言うと、3Mはとてもフェア。それが、3兆円の売上高のうち、新製品が1兆円を占めるという極めてまれなステータスを持っている強さの理由だ」(奥野さん)。

長期投資で日本社会を変える

 長期投資の実践と啓蒙を通じ、日本で3Mのような会社を育て、永守氏に続く起業家を生む土壌を作れば、日本の社会や経済は大きく変わる。NVICはまだまだ若い会社だが、奥野さんの目指すゴールは壮大だ。

(稲留正英・編集部)

(終わり)

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