アメリカ ヒラリー氏の娯楽小説がヒット=冷泉彰彦
ヒラリー・クリントン氏といえば、現代のアメリカの政治家の中で、常にその著作が話題になってきた人物である。2000年代以降、上院議員、大統領候補、国務長官、そして再び大統領候補と政治の舞台に立ち続けた中で、重要なタイミングには必ず「自伝」を公刊し、政治的な立場を表明してきた。中でも『リビング・ヒストリー』(03年)、『困難な選択』(14年)、『何が起きたのか?』(17年)の3冊は、支持者を中心に大きな話題を呼んだ。
そのクリントン氏が、娯楽小説のジャンルに進出した。タイトルは『“State of Terror”』で、10月12日に発売されると、アマゾンで「最も売れた本」の1位に躍り出ている。タイトルのStateには「国家」と「状況」、Terrorには「恐怖」と「テロ」の二つの意味がかかっている。主人公は自身の投影である女性国務長官で、各国の思惑とテロリストの暗躍、そして国内政治における陰謀工作と戦う政治スリラーへと仕立てている。共著者にはカナダの女流作家ルイーズ・ペニー氏を選んだ。
実は、この分野では夫のビル・クリントン元大統領の方が先輩格であり、すでに2冊の実績がある。ビル氏の方は、自分が大統領であった経験をベースに「当事者でないと分からない」リアルな感覚を売り物にしつつ、ジェイムズ・パターソン氏というプロの作家との共作とする中で、作品としての仕上がりも上々であった。
サイバー戦争の闇の部分に現職大統領が巻き込まれて一時は行方不明になるという『大統領失踪』(18年)の成功に味を占めたビル氏。今年5月には、同じくパターソン氏とのコンビで、テロリストに娘を誘拐された元大統領が仲間と共に奪還作戦を戦う『大統領の娘』を刊行した。ヒラリー氏もその点では、夫の手法をそのまま踏襲している。
作風はといえば、夫が男性コンビの作品でもあり、サイバー兵器や特殊部隊などが活躍するマッチョな味付けだが、ヒラリー氏の作品は会話や人間関係の深層を中心とした心理の駆け引きが中心という違いがあるというのが読書界の一般的な評価だ。この夫の作品も売れ行きは好調で、今年のアメリカの出版界における“一大事件”となっている。
(冷泉彰彦・在米作家)
この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。