迎合しない裁判官の気骨 元裁判官・樋口英明さんインタビュー=浜田健太郎
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原発事故で失われた国土は「国富の喪失」。7年半前に福井地裁の原発差し止め判決で裁判長として断定して、称賛と批判を一身に浴びた。「危険であれば原発は動かしてはいけない」との信念から各地で講演を続けている。
(聞き手=浜田健太郎・編集部)
「原発訴訟はまっとうな科学論争をすればいい」
── 樋口さんは、元裁判官として全国各地で原発訴訟に関する講演をしています。最近では、広島地裁が11月4日、四国電力伊方原発3号機(愛媛県)の運転差し止めを求める広島県と愛媛県住民の仮処分申請を却下しました。決定をどのように受け止めましたか。
樋口 四国電力は、マグニチュード(M)9の南海トラフ巨大地震が伊方原発直下41キロで発生した想定で、地震動は181ガル(ガル=揺れの勢いを示す加速度)と主張していました。同じくM9だった東日本大震災では、震源上の海面から180キロ離れていた福島第1原発の地下の岩盤に675ガルの地震動が来ました。同じ規模の地震が直下で起きても181ガルしか来ないとは誰が考えてもおかしいと思います。(情熱人)
── 同地裁は、危険性の証明は住民側が負うとの判断を示しました。
樋口 従来の原発裁判は、被告の電力会社側により重い立証責任を負わせていました。原告の立証責任の軽減を図る考え方は、1992年の伊方原発に関する最高裁判決(住民側敗訴)でも取り入れられており、今回の決定は、その流れを真っ向から否定しています。住民側が全面的に危険性の立証責任を負うとは、極めて「異端」といえる判断ですね。
── 2014年5月21日に、福井地裁が関西電力大飯原発3、4号機(福井県)の運転差し止めを命じる判決で、樋口さんは裁判長を務め、大飯原発の耐震安全性の不備を指摘しました。原発の稼働を認めない司法判断は過去に2件あっただけでした。
樋口 原発には高度な安全性が求められます。それは事故発生の確率が低いことであり、高度な耐震性が求められるということです。大飯原発では耐震設計の目安となる基準地震動が当初は405ガルに設定されていて、私が判決を出した時には700ガルに、原子力規制委員会の新規制基準適合性審査で856ガルまで引き上げられました。しかし、この原発に856ガル以上の地震は到来しないなどとする予測が本当にできるものでしょうか。
地震は予知不可能
── 判決では、05年から11年までの6年間に、原発4カ所で5回、想定を超える地震動が到来したことに触れて、地震想定の限界を強調しました。
樋口 予知や予測は、まずできないです。なぜかといえば、地震とは深い地中で起きる未知の自然現象だからです。地震学者に「この原発が立地している場所で600ガル以上や、850ガル以上の地震が起きないと予知をする能力が、今の地震学にありますか」と聞いてみたら、「そんな能力はありません」と、良心的な地震学者なら全員そう答えますね。
── 原子力規制委の審査は、ガル数で示す耐震設計基準が最大のヤマ場になっています。地震の危険性が世界一厳しいとされる中部電力浜岡原発(静岡県)で最大で2000ガルに設定しています。
樋口 そうした数値にどのような意味があるのかを理解できる人は、ほとんどいません。原発で想定する600ガルの耐震性能が普通の住宅に比べて強いのか、弱いのかという観点がとても大事なのです。国内の住宅メーカーからは3400ガルの揺れにも耐える木造住宅が販売されています。
まっとうな科学で判断を
── 全国で原発訴訟は約30件に上りますが、福島事故以降で運転差し止めを認めた司法判断は7件です。住民側の主張が認められないケースも多く、国民には裁判所が原発問題をどのように考えているのか、分かりにくいといえませんか。
樋口 国民は、脱原発派、容認派、その中間の人たちに分類されると思います。ほとんどの人たちは、裁判所は原発の危険性を判断した結果、差し止めるか、もしくは稼働を認めていると受け止めていると思います。ところが、裁判所の現状はそうではありません。私はそれが一番の問題だと考えています。
「経済界のトップは短期の利益しか考えな…
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