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自閉症の息子の母親役を演じ、「生まれて来てくれてありがとう」と言いたかった理由とは 加賀まりこさんインタビュー

「津川雅彦さん、緒形拳さん、田村正和さん……。たくさん共演した同志が亡くなってつらいです」 撮影=蘆田剛
「津川雅彦さん、緒形拳さん、田村正和さん……。たくさん共演した同志が亡くなってつらいです」 撮影=蘆田剛

 老いた母親と自閉症の息子が自立への道を探る映画「梅切らぬバカ」が11月12日、全国公開される。母親役を演じたのは実際に自閉症の義理の息子を持つ加賀まりこさん。出演の経緯やこれまでの人生について語ってもらった。

(聞き手=井上志津・ライター)

「生まれてきてくれてありがとう、と言いたい」

「実は私自身も当事者。45歳の息子とコロナで面会できず寂しいんです」

── 11月12日全国公開の映画「梅切らぬバカ」で、自閉症の息子の母親役として出演しました。出演を決めた経緯を教えてください。

加賀 昨年の夏前ごろに文化庁の「若手映画作家育成プロジェクト」(の事務局)から話があって、和島香太郎監督の脚本を読みました。今時のチャラさがなくて、地に足がついているなと思いましたが、撮影期間が2週間しかないと聞いて、最初は無理だなと思ったんです。今年で78歳。もう年齢的にも体力的にもハードな仕事は引き受けないようにしているので。(情熱人)

 でも、連れ合いに相談したら、「ちょっと気合を入れてやってみたら」って。彼の息子が自閉症なんです。それで、「じゃあ、やってみましょう」と。「その代わり、現場でなるべく私を助けてね」と彼に言いました。私はマネジャーもいなくて1人で活動しているのでね。

── 和島監督は息子さんのことを知っていて加賀さんにオファーしたのですか。

加賀 全然。後で知って驚いていました。

「梅切らぬバカ」で、加賀さん演じる珠子は自閉症の息子、忠男(塚地武雅さん)が50歳になるのを機に「このまま共倒れになっちゃうのかね?」と思い始める。忠男のグループホームへの入居を決めた後、珠子は道にはみ出して通行の邪魔になっていた庭の梅の木を切ろうとするが……という物語だ。和島監督は自閉症の男性を記録したドキュメンタリー映画に携わった経験から、この映画の脚本を書いたという。

 加賀さんの言う「連れ合い」とは6歳年下の演出家、清弘誠さんのこと。長年、マージャン友達だったが、加賀さんが55歳の時、久しぶりに仕事を共にしたら、「やっぱり私、この人のことを好きかも」と思ったという。それから「ノック」をし続けたが実らず、59歳の時、加賀さんは思い切って「友達ではなくて恋人になってほしい」と告白。以来、事実婚を続けている。

息子が変えた「彼」

── はっきりと告白したら振り向いてくれたんですね。

加賀 ちょうどその頃、彼は息子が今、入っている「学園」を見つけたところだったんです。彼は離婚後、お母さまの手を借りながら息子を育ててきたけれど、お母さまも年を取ってしまい、彼は自分が死んだ後も息子が安心して生活できる場所を長い間探していた。私に振り向いてくれたのは、やっとそこが見つかった時だったから。それでなきゃ、とても付き合ってくれなかったですよね。息子は今45歳。コロナ禍のためにずっと息子と面会ができず、寂しいんですよ。

── 出来上がった作品を見ての感想は?

加賀 当事者なので、これで皆さんに伝わるかなと心配でしたが、友人が「涙が止まらなかった」と言うから、良かったと思いました。自分が出ているものって評価が難しいのよね。

── 珠子が忠男を抱きしめて「ありがとう」と言うシーンは、脚本にはなかったそうですね。

加賀 「生まれてきてくれてありがとう」って母親が言う場面を「1カ所でいいから入れて」って監督に頼んだんです。監督はなかなか「うん」って言わなかったんだけど。でも、私は連れ合いにいつも「あなたは本当に息子に感謝ね」って言うんです。彼の優しさはあの子が生まれてから育ったものだと思うから。昔はテレビ局のエリートだった彼が変わったのは息子のおかげ。だから、やっぱり「生まれてきてくれてありがとう」だなと思います。

生まれ変わるなら30代

「梅切らぬバカ」の1シーン。忠男(塚地武雅さん、右)の髪を切る珠子(加賀まりこさん) ©2021「梅切らぬバカ」製作委員会
「梅切らぬバカ」の1シーン。忠男(塚地武雅さん、右)の髪を切る珠子(加賀まりこさん) ©2021「梅切らぬバカ」製作委員会

── 映画のタイトル「梅切らぬバカ」は、ことわざの「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」から取っていて、木の種類それぞれに合わせた剪定(せんてい)方法があるけれど、梅を切らないでおくという発想があってもいいのでは、と映画は問いかけています。障害のある人が生きやすい社会にはまだ遠いですね。

加賀 今も世間では障害者を白い目で見る人がいっぱいいるけれど、この映画を見て一人でも多くの人がほほ笑んでくれたり、手を差し伸べてくれたりするといいなと思います。この親子の日常を見守ってくださいということね。息子が好奇の目で見られると、連れ合いはもう慣れているんだけど、私はいまだについ、にらみつけちゃうのよ。

── 映画のプレスリリースには、1967年の「濡れた逢びき」以来、54年ぶりの加賀さんの主演映画だと書いてありました。

加賀 そういう宣伝ってみんな、好きだよね。でも、自分が参加している作品は主役だろうが脇役だろうが同じだと思っているんです。私が松竹で育った頃は毎週2本立てを公開していて、常に誰かの妹役とか恋敵役とかで出るのは当たり前だったしね。だから意識したことはありません。

── 今は仕事はセーブしているのですか。

加賀 もうあんまり働きたくない(笑)。電話が来たら、どういう仕事か、何日かかるか、ギャラとか自分で直接聞いて決めています。

 大映プロデューサーの父を持ち、デビュー後は小悪魔的な魅力で人気を博した加賀さん。20歳で単身パリに赴き、帰国後はヌード写真集を出版。28歳での出産は未婚の母と騒がれた。30歳でテレビマンと結婚したが、離婚。その後は「泥の河」「麻雀放浪記」などで演技派女優の地位を確立。90年代後半からはテレビドラマの出演も増え、「花より男子」シリーズなどで存在感を放った。

── 女優生活60年です。どの年代が楽しかったですか。

加賀 もし今の知恵を持って生まれ変わるなら、30代ね。女として一番美しいし、更年期もまだ先のことだから。私は上の人に媚(こ)びを売ったりできず、何でも言いたいことを言って妥協しなかったので、当時の監督やプロデューサーには使いにくい女優だったと思うけど、今の知恵があれば、もう少しマイルドに振る舞えて、かなりお金持ちになったんじゃないかな。

28歳の「奈落の苦しみ」

── 20代はどうでしたか。

加賀 20歳の時、私なんて見た目がフォトジェニック(写真映えすること)というだけで、女優はもういいやって海外に行ったんだけど、帰国して劇団四季の「オンディーヌ」に出たら、実力のなさを思い知らされたんです。それで、劇団四季の研究所で演技の勉強を一からした。当時の私の声は今のようなアルトじゃなかったのよ。いろんな声が出せるようになって、古巣の松竹映画の撮影現場で録音部さんに「声に量感が出たね」って言われた時はうれしかったな。

 28歳で産んだ赤ちゃんが7時間で亡くなった時は奈落の苦しみを味わったし、今も生きていたら何歳かなと思ったりしますけど、20代は勉強という意味で面白かったです。

── 更年期は大変だったそうですね。

加賀 50代はつらかったですね。当時は更年期の情報があまりなかったし、ホットフラッシュで汗が出るので、衣装さんに迷惑をかけないように、常に着替えを3枚ぐらい用意していました。仕事をしていたので、うつ症状が出なかったのは助かりましたけど。

── 60代で出演したテレビドラマ「花より男子」で若者にも人気が出ました。

加賀 漫画を読まないので「花より男子」のことも知らなくて、最初はお断りしたんですが、土下座せんばかりに頼まれて出たら、面白かったな。井上真央ちゃんや小栗旬君たち、若い人の芝居が新鮮でしたね。60代になっても自分が想像しない良い出会いがあるってことを教わりました。

一緒に戦ってきた「同志」

「息子が好奇の目で見られると、私はいまだについ、にらみつけちゃうのよ」 撮影=蘆田剛
「息子が好奇の目で見られると、私はいまだについ、にらみつけちゃうのよ」 撮影=蘆田剛

── 8歳から20歳まで住んでいた東京・神楽坂に40歳で戻ったそうですね。

加賀 父が亡くなって母がひとりだったので、家を建て直して兄夫婦と3世帯で同居することにしました。それぞれ玄関は別でね。母は90歳で亡くなりましたが、その死に方はうらやましいほど見事だったんですよ。毎朝、仏壇に「ぽっくり逝かせてください」とお願いしていた通りに逝ったんです。でも、私自身はもっと母にしてあげられることがあったのではないかと、なかなか立ち直れませんでした。

── なぜですか。

加賀 同じ屋根の下にいるのに、会うのは朝と晩ぐらいで、母は孤独だったんじゃないかと思うんです。同じ屋根の下にいるだけで親孝行していると勘違いしていたなって思いました。

── 今は仕事がない時はどんな生活ですか。

加賀 (ペットの)ネコ中心の生活です。宙(そら)ちゃん。2003年に彼と2人で拾ったの。筋肉維持のためには週1、2回、ピラティス(マットを使ったエクササイズの一種)に通っています。

── 今、懐かしい人とか会いたい人を挙げるとしたら誰でしょう。

加賀 とっても忙しかった時代に共演が多かった津川雅彦さん、緒形拳さん。田村正和さんも。普段、ベタベタ付き合ったりはしないんだけど、夫婦役や恋人役やきょうだい役をたくさんして、一緒に戦ってきた同志のようでした。「よーい、はい」って声がかかって、私たちにしか分からない空間で遊べていた人たちがいなくなるのは本当につらい。心の中で何かが一本一本折れていく感じがして、どんどん仕事をする意欲がなくなるの。私と多く共演した方でお元気なのは伊東四朗さんぐらいなので、「伊東さん、元気でいてね」ってつくづく思っているんです。


 ●プロフィール●

加賀まりこ(かが・まりこ)

 1943年12月、東京・神田生まれ。62年、映画「涙を、獅子のたて髪に」でデビュー。「月曜日のユカ」「乾いた花」などに次々と出演。小悪魔的な魅力で注目を浴びる。65年、劇団四季公演「オンディーヌ」で初舞台。81年、映画「泥の河」でキネマ旬報助演女優賞など多くの賞を受賞。他に映画「陽炎座」「麻雀放浪記」「神様のカルテ」、テレビ「花より男子」シリーズなど作品多数。

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