円建て輸出が増えないパズルを解き明かす=評者・土居丈朗
『日本企業の為替リスク管理 通貨選択の合理性・戦略・パズル』 評者・土居丈朗
著者 清水順子(学習院大学教授) 伊藤隆敏(コロンビア大学教授) 鯉渕賢(中央大学教授) 佐藤清隆(横浜国立大学国際社会科学研究院教授) 3850円 日本経済新聞出版
円建て輸出はなぜ増えない 実は「合理的判断」の可能性
ポストコロナの経済再開を視野に、全世界的な供給制約に注目が集まっている。原材料価格や輸送費の高騰からインフレ圧力がかかり、一部の国では金融緩和を縮小する動きが見られる。これはひいては、2国間の金利差に影響して、為替レートに跳ね返る。
本書は、日本企業が為替リスク管理にどう向き合っているか、実態を明らかにするとともに、その課題を整理している。
「円の国際化」と言われて久しい貿易立国の日本で、輸出入が外貨建てだと、為替変動リスクを抱えることになる。経済大国となって、国際経済における地位も高まったにもかかわらず、円建てでの輸出入が増えない状況が続いていた。
そこで、円の国際的な取引規制の全面的な撤廃に取り組み、定着したのだが、円建て輸出は増えていない。
日本の先進国向け輸出では、円ではなく、ドル、ユーロ、あるいは相手国通貨を使用する傾向が強いという。また、日本とアジア諸国との間の企業内貿易が拡大したが、日本のアジア向け輸出の円建て比率は伸びず、ドル建て輸出比率とほぼ拮抗(きっこう)した水準にあるという。ここに、二つのパズルが確認できる。
本書では、経済理論からの推論と合わせて、日本企業の本社へのインタビュー調査とアンケート調査も実施して、その二つのパズルに迫る。
本書が導いた結論は、非常に興味深い。それは、日本企業が円建てを採用しない選択に、一定の合理性を見いだすものである。
日本の輸出企業にとって、外貨建てを選ぶと、為替リスクを自ら負担しつつ、外貨建ての価格を維持して外国への輸出数量や売り上げを安定させることができる。他方、円建てを選ぶと、為替リスクを外国の輸入企業に負担させるものの、輸出先において外貨建てでの販売額が変動する。この二者択一に直面する。
その中で、円建て輸出に固執せず、為替リスクを受け入れることは、合理的な判断である可能性もあるとの見方を、本書では示している。
あるいは、為替リスクをヘッジすべく、為替先渡し予約(フォワード取引)も考えられるが、見落とされがちな盲点も、明らかにしている。それは、自らが不利になる為替変動に伴う損失は避けられるが、同時に自らが有利になる為替変動に伴う利得を失うことになる点である。
直近の貿易状況の分析もあり、コロナ後への示唆を与える。米中対立のはざまで日本企業がどう動くか、深遠な問いを投げかけている。
(土居丈朗・慶応義塾大学教授)
清水順子(しみず・じゅんこ) 財務省関税・外国為替等審議会会長などを務めた。
伊藤隆敏(いとう・たかとし) ハーバード大学客員教授、日本経済学会会長などを務めた。
鯉渕賢(こいぶち・さとし) 日本学術振興会特別研究員などを経て現在に至る。
佐藤清隆(さとう・きよたか) 国際東アジア研究センター研究員などを経て現職。