資源・エネルギーエコノミストリポート

気温上昇「1.5度抑制」に軸足を移したCOP26の画期性=上野貴弘

    COP26に参加したバイデン米大統領(右)と開催国のジョンソン英首相 Bloomberg
    COP26に参加したバイデン米大統領(右)と開催国のジョンソン英首相 Bloomberg

    環境 COP26閉幕 「1・5度」へ軸足をシフト 日本に迫る産業衰退リスク=上野貴弘

     英グラスゴーで開催された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)が11月13日閉幕した。「世界の平均温度上昇を産業革命前から1・5度に抑えること」や「石炭火力発電を段階的に削減すること」などを合意した。2015年に採択されたパリ協定では「2度より十分低い温度上昇に抑え、1・5度に抑える努力を追求」と二つの温度目標の数字が併記されていたが、今回はより高い目標である1・5度が強調された形だ。達成のため各国はさらなる温暖化対策の強化が求められることになる。

    「2度」と「1・5度」──。その差は0・5度とわずかに見えるが、この違いが意味するところは大きい。なぜかというと、産業革命以前から比べると、すでに1・1度分の温暖化が起きており、上昇温度を考慮すると1・5度までは残り0・4度、2度までは残り0・9度となり、倍以上の違いがあるからだ。

     2度を十分に下回る水準に抑えるには、2030年の世界全体の二酸化炭素(CO2)排出量を10年の水準と比べて約25%減らす必要がある。これも簡単ではない目標だが、1・5度程度に抑えるにはさらに大きな約45%の削減が必要になる。気候変動の悪影響を抑えるには1・5度が望ましいが、削減目標は非常に高くなるのだ。

     そのため、脱炭素に積極的な先進国と温室効果ガスの排出がいまだ減少に転じていない新興国の間では、COP26の開幕前から温度目標を巡って攻防が繰り広げられてきた。国際合意文書における温度目標の書きぶりを見ると、先進国間の合意文書では米バイデン政権発足後、「1・5度」のみが使われているが、中国やインドが加わる文書ではパリ協定の記載を踏襲して「2度」と「1・5度」が併記されていたことが分かる(表の拡大はこちら)。

     併記の背景には、より高い目標である1・5度に世界的な目標の軸足が移ることへの新興国の警戒感があった。COP26では、こうした先進国と新興国の思惑に違いがある中で、2度と1・5度のうちどちらに焦点を当てるかが議論された。結果は、「2度」と「1・5度」を併記した上で、「2度よりも1・5度の方が気候変動の影響がはるかに小さく、1・5度に向けた努力追求を決意」との言葉が足された。

     また、今回の書きぶりでは、パリ協定にはなかった「決意」の表現が加わった点が新しい。「1・5度に抑えるには、30年のCO2排出量を10年比で45%削減する必要がある」ことにも触れた。

    中印の動きは鈍く

     1・5度に軸足が移ったことは画期的だが、この合意が各国の2030年目標に直ちに反映されるとは断言できない。というのも、今回の合意では各国に22年末までに30年目標を再検討するように求めたが、前提として「パリ協定の温度目標と整合させるために必要な場合」とされているためだ。パリ協定の温度目標は2度と1・5度の併記を指すが、これは自国の目標を1・5度のみに結びつけることに合意を得られなかったことを示している。

     1・5度のみとすることをいち早く打ち出したのは先進国で、昨年末から今年の前半にかけて、30年目標を大幅に強化している。日本は、13年比で26%減から46%減に引き上げ、さらに50%減に向け挑戦を続けると表明。米国はバイデン政権の下でパリ協定に復帰し、05年比で50~52%減との目標を掲げた。欧州連合(EU)は90年比40%減から55%減に強化。英国は90年比で68%減としている。

     先進各国と比べると新興国の動きは鈍い。中国は「30年までに排出の増加を止める」という従来の目標を据え置き、インドは従来の30年目標(国内総生産当たりの排出量を05年比で33~35%減)を45%減に引き上げ、70年までに実質ゼロ排出を掲げたが、排出の増加を止める時期を示さなかった。

     各国が提出した30年目標を積算すると、世界全体の温室効果ガス排出量は10年比で13・7%増になると推定され(図)、2・4度の温暖化になるとの試算もある。他方、国際エネルギー機関は、30年目標に加えて各国が表明した温室効果ガスの排出を実質ゼロ(カーボンニュートラル)にする目標を考慮すると、1・8度の温暖化にとどまるとしている。

     1・5度に対する隔たりがある中で中国やインドが来年、目標を引き上げる可能性については不透明感が強いが、特に世界最大の排出国である中国には目標の再検討を迫る各国から強いプレッシャーがかかるだろう。会期中に米中両国が発表した共同声明では「必要に応じて30年目標を更新する」との言葉が盛り込まれており、両国が地政学的に対立する中で気候変動分野での協調の可能性を引き続き模索する1年となりそうだ。

    排出量取引にも合意

     COP26閉幕直後の報道で「1・5度」と並んで目立ったのが「石炭」の扱いだ。合意文書には「削減対策なしの石炭火力を段階的に削減する」との表現が盛り込まれた。当初、「段階的に廃止」となっていたが、中国やインドなどの反対を受けて、「削減」に置き換わったことで内容が弱められた。

     しかし、表現が弱められたとはいえ、十分に大きな成果と評価できる。筆者は02年から19回にわたりCOPを追ってきたが、合意を得たこと自体が驚くべきことなのだ。これまでのCOPでの合意では、さまざまな経済部門から排出される各種の温室効果ガスを「全体」として減らしていくことが強調されていた。つまり、特定の部門や温室効果ガスの種類を狙い撃ちにしたことはなかった。例えば、化石燃料の使用を減らすことは温暖化対策の基本だが、産油国の反対など明記されなかった。

     今回のCOPでは、議長国である英国の強い意向で、発電量当たりの排出量が大きい石炭を減らすことが盛り込まれた。前例のない合意に成功したことで、今後のCOPでは石油・天然ガスという他の化石燃料や、ガソリン車の削減などにも言及するかが焦点となるかもしれない。

     排出量取引の一種である「カーボンクレジット」のルールに合意したのもCOP26の成果といえる。カーボンクレジットとは、他者によるCO2の削減量を買い取り、自らの排出の相殺に用いる仕組みである。国と国との関係の中では、他国での削減を買い取り、自国の削減目標達成に使用する。日本政府が国連に提出した文書では46%削減目標のうち、0・5%程度をクレジットで埋め合わせることになっており、今回合意したルールの下で、途上国への削減貢献分も日本の削減分としてカウントできるようになった。

     また、ここ数年は国だけでなく民間企業も自社のカーボンニュートラル目標を掲げて、カーボンクレジットを購入する動きが盛んになっている。企業が使用するクレジットは主に民間団体が発行する「ボランタリークレジット」と呼ばれるものであり、世界的に取引の規模が急拡大している。

     しかし、COP26では、環境活動家によるカーボンクレジット批判が強かった。気候変動対策の強化を求めるスクールストライキで有名になったグレタ・トゥーンベリさんは、カーボンクレジットによる排出相殺は、自らの排出を温存する「グリーンウオッシュ」(見せかけだけの環境対策)に過ぎないと批判した。交渉の終盤には、政府がクレジットを目標達成に使用する場合に課せられる厳しい要件を、民間企業が自主的に使用する際には免除できる合意案となっていることが明らかとなり、環境団体は批判の声明を出した。

    石炭火力削減に圧力

     1・5度目標の達成に向けては、日本も大きな課題を背負うことになった。日本は50年のカーボンニュートラルの実現に向けて野心的なエネルギー計画を定めており、政府が今年10月に閣議決定したエネルギー基本計画では30年度の発電量のうち36~38%を再生可能エネルギーでまかなうとしたが、再エネの19年度実績は18%にとどまり、さらなる導入拡大には多大な困難が予想される。

     また、同計画では、石炭火力発電の比率を徐々に減らしていき、30年度に発電量の19%とすることにしているが、欧州の一部の国などでは30年までにゼロにする見通しが立っており、日本には主要7カ国(G7)の会合で同時期までに石炭火力をなくすように圧力がかかり続けることになる。しかし、急速に削減すれば、エネルギーの安定供給上のリスクも抱える。

     課題は石炭火力だけではない。1・5度目標や50年脱炭素の実現の過程においては、化石燃料は急速に非化石のエネルギー源に置き換わり、ガソリン車も30年以内に電気自動車や燃料電池自動車などのゼロ排出車に完全に置き換わるなど、化石燃料を使用する技術も急速な変化を余儀なくされる。日本の産業がそのペースから遅れてしまうと産業は衰退し、雇用も失われる。

     国内の自動車産業は関連産業も含めると550万人規模の雇用を支えているといわれており、影響は甚大だ。ただし、脱炭素化で新たに生まれるビジネスや雇用もあり、新分野への「移行」が遅滞なく進めば、影響は最小限に抑えられる。

     誰一人取り残されることなく脱炭素社会に移行するという「公正な移行」が望ましい。この概念は、COP26の合意文書にも随所にちりばめられた。一部の人々や企業だけがもうかるのであれば反対の声が強まり移行のペースが押し戻されることになる。どうやって公正な移行を実現するか、自動車、素材、エネルギーなど化石燃料と関わりの深い産業を抱える日本にとって、脱炭素化に向けた正念場はこれからだ。

    (上野貴弘・電力中央研究所上席研究員)

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