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「どんな手を使ってもシェア1位の座に……」アサヒビールがキリンに仕掛けた「極秘作戦」の正体

    サントリーが1996年5月28日に発売した発泡酒「スーパーホップス」
    サントリーが1996年5月28日に発売した発泡酒「スーパーホップス」

    決算月を利用した「奇策」

    「この作戦は、社内でも極秘扱いでした。ごく一握りの人間以外には知る者もいませんでした」(当時のアサヒ幹部)。

    それはラガー」首位陥落の衝撃も冷めやらぬ、96年の暮れのことだった。

    屋台骨が揺らいでいたキリンに、さらなる打撃を加えようと、アサヒでは極秘の作戦が進んでいた。

    その作戦とは、ビール業界の慣行を逆手にとったものだった。

    年末の12月には、忘年会やクリスマスなど、さまざまなイベントが集中するため、ビール需要は大きい。

    しかも、ビールの大手4社はそろって12月に決算月を迎える。各社ともに、決算月にはできるだけ数字を積み上げようとするので、ビール4社は決まって年末に出荷量を増やす。

    その反動で、年明けの1月には、流通在庫が膨らんでしまう。その対応として、各社は年明けの出荷量を減らすのが常だった。

    アサヒはそこに目をつけた。年明け1月にはキリンも出荷量を減らす。その時アサヒが逆に出荷量を増やせば、一月だけキリンを逆転できるかもしれない。アサヒはそう考えたのだった。

    作戦実行の約3カ月も前からアサヒはひそかに準備を始めた。

    まず、アサヒは出荷量を受注量とできるだけ近づけ、流通在庫を減らしていった。

    市場に出回っているうちに古くなったビールも、できるだけ回収する。

    アサヒは戦略として、「鮮度による差別化」を推進していた。そのため、店頭で3カ月以上経過したビールは、回収して廃棄していた。

    回収したビールは国税庁に申告すると、酒税が払い戻される。

    ただ、その分、課税対象の出荷量(課税数量)が減ってしまう。

    ビールのシェアは課税数量で計算されていた。そのため、回収量が増えれば増えるほど、シェアはダウンする仕組みだった。

    つまり、勝負の瞬間に、回収量ができるだけ少ないほうが、アサヒの得になる。

    年明けの1月の回収量をゼロにするために、年内のうちにできるだけたくさんの古いビールを回収したのだった。

    しかし、その分アサヒの96年のシェアも低下してしまう。それは覚悟の上で、アサヒは「一発」に賭けたのである。

    ズタズタになったプライド

    水面下の「作戦」にキリンが気づかないまま、迎えた年明け。

    正月休みが明けるとすぐ、アサヒは集められるトラックを最大限まで動員し、大規模な出荷攻勢をかける。

    アサヒの出荷量は、たちまちうなぎ登りに上がっていく。

    万事快調かと思われた矢先、「極秘作戦」ゆえの落とし穴が待っていた。

    ある工場の関係者が、例年通り1月にも古いビールの回収を行ってしまった。この関係者には「年内のうちにできるだけ古いビールを回収せよ」という通知はされていたが、いかんせん「極秘作戦」であり、詳細までは知らされていなかったのだ。

    「12月までに受け入れろと指示しただろう! 2月じゃだめなのか!」

    本社の作戦本部で、アサヒの幹部が地団駄を踏んで悔しがるシーンもあったという。

    ただ、間一髪のところで、アサヒの目論見通りになった。

    97年1月の出荷量は、アサヒ1030万300箱に対し、キリン990万6000箱。

    約40万箱の僅差ではあったが、アサヒがとうとう首位に立ったのである。

    一方のキリンは、96年1月に主力の「ラガー」を生ビール化していた。

    その96年のキリンの年間シェアは、ビール・発泡酒市場でのシェアを2・7ポイント落とし、年間44・8%で終わる。

    追う2位のアサヒは2・7ポイント上げて29・2%に上昇。

    96年の年間シェアにおいて、キリンとアサヒの差は15・6%もあった(発泡酒を含まないビールだけで見れば、キリン46・3%、アサヒ30・4%と、16・6%差でさらに差が開く)。

    ところが、アサヒの「極秘作戦」により、年明け97年1月の単月では、アサヒ37・9%に対し、キリンが36・8%。

    ブランド別で「スーパードライ」が「ラガー」を逆転した月はあったが、メーカー別でもついにアサヒがキリンを逆転してしまったのである。

    当時の新聞はこぞってこのニュースを大きく報道。

    「極秘作戦」はこれ以上ない形で成功する。

    年初に出鼻を挫かれた格好のキリンを尻目に、アサヒは勢いに乗った。

    ただ、アサヒがキリンを逆転したといっても、それは単月だけのことである。

    96年のキリンの年間出荷量は約2億5413万箱。それに比べれば、キリン、アサヒ双方の97年1月の出荷量は小さい。まして、約40万箱というアサヒのリードは取るに足らない僅差でしかない。本来、キリンは慌てる必要などなかった。

    しかし、キリンが受けた「精神的なダメージ」は、意外なほど大きかった。

    会社は所詮人間の集まりだ。人間なら誰しも、予想外の出来事が発生すると、大なり小なりうろたえてしまうもの。

    まして、キリンは戦後ずっと「ナンバーワン」であり続けた会社だ。

    つまり、一度も負けたことがない。

    負けた経験のないキリンが、瞬間風速とはいえども、ライバル社の後塵を拝してしまった。

    前年6月に「ブランド別」で敗北したことに続いて、「メーカー別」でもアサヒに敗北した衝撃は大きかった。

    「アサヒさんに抜かれたんだって?」

    客先でこう言われると、キリンの営業マンたちは心にナイフが突き刺ささるような気がした。

    「瞬間風速」でしかないと、いくら数字を並べて説明しても、「敗北」の事実を消すことはできない。

    キリン社内には「アサヒには莫大な借金がある。バブル崩壊により、アサヒの経営は苦しいはずだ。そのため、いずれアサヒは失速するに違いない」という楽観論があった。

    だがしかし、アサヒは失速するどころか、逆にキリンに対して攻勢をかけている。

    これは一体どういうことなのか。

    キリン社内には動揺が広がっていった。

    「こんなはずじゃなかったのに……」

    「なぜ、こうなってしまうのか……」

    社員たちの心が一つにまとまれないまま、キリンは97年の商戦を戦うことになる。

    その心理的なダメージは、予想以上に大きかった。

    熾烈な「ビール戦争」

    97年のキリンの年間出荷量は前年比2億2757万箱に終わる。前年比なんと10・5%減もの大幅下落だった。

    この年、キリンのシェアは4・6ポイント落として40・2%。

    一方、アサヒはシェアを3・2ポイント上げて32・4%。アサヒがシェアを3割の大台に乗せたのは、58年以来、39年ぶりの出来事だった。

    96年には15・6%あった、キリンとアサヒのシェア差は、7・9ポイントにまで縮まる。

    また、97年には「スーパードライ」が年間で1億760万箱(前年比38・7%増)を出荷。「ラガー」の1億3400万箱(同11.8%減)を抜き、「瞬間風速」でなく、年間でも首位に立った。

    ブランド別での年間首位の交代は実に53年以来、44年ぶりの出来事だった。

    以来、2021年の現在まで、「スーパードライ」は国内ナンバーワンブランドの地位を維持し続けている。

    キリンにとって痛手だったのは、「一番搾り」の失速だった。

    キリンは生ビール化した「ラガー」に経営資源を集中させていた。その割を食う形で、「一番搾り」の97年の出荷量は6840万箱(同4.6%減)と沈んでしまう。

    94年の8370万箱に比べて、「一番搾り」は3年で18・3%もダウンしていた。

    アサヒの「極秘作戦」には、副作用もあった。

    翌98年1月に、アサヒの「ロケットスタート」を警戒したキリンは、対抗して出荷量を増やした。もちろんアサヒも1月の出荷量を増やしている。

    その結果、98年1月のビールと発泡酒の出荷量は、前年同月比14・9%増と大幅に増加する。

    ただ、もともと1月はビール需要が大きい月ではない。むしろ例年出荷量が最小になる月である。

    その1月に、上位2社が繰り広げた「出荷合戦」によって、市中の流通在庫が増大。小売店と消費者が割を食う形になった。

    「発泡酒」の急増

    キリンとアサヒの熾烈な首位争いが、消費者不在のまま、激化の一途をたどる一方、ビール業界には新しい動きが起こっていた。

    1996年における、ビールと発泡酒を合わせた出荷量は、前年比1・9%増の5億6735万4000箱(1箱は大瓶20本=12・66リットル)。

    このうち発泡酒は、前年比43%増の2144万4000箱と大幅に増加。全体に占める発泡酒の割合は、95年の2・7%から、3・8%へと急拡大していた。

    その96年に、発泡酒は技術的なブレークスルーを迎える。

    それまで、原材料に占める麦芽の割合(麦芽構成比)が67%以上のものを「ビール」、67%未満のものを「発泡酒」と呼び、「発泡酒」のほうは酒税が安かった。

    94年10月にサントリーが発売した業界初の発泡酒「ホップス」は、麦芽構成比が65%。

    そのため、酒税が安く、希望小売価格を下げることができた。

    しかもビールに近い麦芽構成比で、材料や醸造方法はビールと一緒のため、生産も容易だった。

    そこに起こった変化が、増税だった。

    当時の大蔵省(現在の財務省)は96年10月より、「発泡酒」をターゲットとした増税を実施する。

    95年末に同省が示した酒税法改正の原案には、「発泡酒であっても麦芽構成比50%以上のものはビールと同じ税率(1リットル当たり222円)を適用する」とあった。

    これでは「ホップス」はビールと同じ税率が適応されてしまう。

    焦ったサントリーは、大蔵省の原案を詳しくチェックした。

    すると、麦芽構成比が25%未満なら、酒税が安くなり、希望小売価格を下げられることが分かった。

    そこでサントリーは、麦芽構成比が25%未満でも「おいしい発泡酒」を開発、酒税法改正の直前となる、翌96年夏前までの発売を目指す。

    ビールの醸造では、まず麦芽を粉砕し、お湯をかけてかき混ぜる。すると麦芽のデンプンがお湯に溶け出して糖に変わる。

    この糖を酵母が食べ、アルコールと炭酸ガスに変える。これが発酵と呼ばれる工程だ。

    主原料の麦芽の構成比を25%未満にするということは、この酵母が食べる「主食」が減るということだ。「主食」が減れば、酵母の働きは落ち、思うように発酵できなくなる。

    「主食」を茶碗三杯から、一杯程度に減らしながらも、これまで通り酵母に働いてもらうには、減らした「茶碗二杯分」を、別の何かで代替しなければならない。

    この問題に立ち向かったのは、当時サントリーの技術者をしていた中谷和夫だった。

    中谷は「茶碗二杯分」の代替物として、「糖化スターチ」を採用する。

    「糖化スターチ」とはコーンを原料とする水飴状の液体のことだ。

    「時間の制約があったので、他の候補を探す余裕もなく、『糖化スターチ』決め打ちのような状況でした」

    中谷は当時のことをこう証言する。

    「決め打ち」と表現してはいるが、当時の中谷にはそれなりの技術的な下地があった。

    中谷には1975年から約1年半、麦芽構成比が25%未満の場合の醸造方法を研究した経験があった。

    実際には商品開発ではなく、生産効率を上げるための研究だったが、当時の中谷には、すでに基礎となるデータが揃っていたのだ。

    20年も前の基礎研究が、会社の浮沈を左右する重要な局面で光を放った。

    中谷の研究により、サントリーは「主原料が糖化スターチ、副原料が麦芽」という、「麦芽構成比25%以下でもおいしい発泡酒」の開発に成功。

    96年5月28日に「スーパーホップス」として、発売を開始した。

    酒税法改正の前どころか、夏のビール商戦に突入する前というスピード感だった。

    発泡酒に「糖化スターチ」を使うという、中谷の技術によって、ビール業界全体が上質な発泡酒を商品化できるようになった。

    ちなみに、2003年から開発される「第3のビール」にも、糖化スターチを使った醸造技術は応用されている。

    第3のビール」には実は2つのタイプがある。発泡酒にスピリッツを加えた「リキュール(発泡性)②」(通称・麦系)と、麦芽を使わずエンドウ豆や大豆を使った「その他の醸造酒(発泡性)②」(通称・豆系)だ。

    その両方が、中谷の技術をベースにしている。

    03年9月に、サッポロは業界に先駆けて第3のビール「ドラフトワン」を商品化する。

    この「ドラフトワン」を開発したのは、サッポロの技術者だった柏田修作である。

    まったくの偶然だが、その柏田は京大卒で、中谷の後輩に当たる。

    海外で開催された醸造学会を通じて、中谷と柏田は以前から面識があったという。

    永井 隆(ながい・たかし)1958年生まれ。フリージャーナリスト。現在、雑誌や新聞、ウェブで取材執筆活動を行う一方、テレビ、ラジオのコメンテーターも務める。 主な著書に『移民解禁』(毎日新聞出版)、『アサヒビール30年目の逆襲』『サントリー対キリン』『EVウォーズ』(日本経済新聞出版社)、『究極にうまいクラフトビールをつくる』(新潮社)など。

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