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日本人が知らない、ヤバすぎる世界的カリスマ経営者「オーガスト・ブッシュ3世」の突き抜けた仕事術

    「バドワイザー」を1993年から生産したキリン栃木工場。栃木県高根沢町にあった。1979年に操業を開始し、2010年に閉鎖された
    「バドワイザー」を1993年から生産したキリン栃木工場。栃木県高根沢町にあった。1979年に操業を開始し、2010年に閉鎖された

    「バドワイザージャパン」設立

    1980年代前半には、日本の国内市場はいずれ、少子高齢化で縮小すると予想されていた。

    そのため、当時の日本企業はこぞって、経営の多角化と国際化に取り組んでいた。

    キリンもまた例外ではなかった。まず、当時の小西秀次社長が、多角化と国際化の方針を示すと、本山英世がそれを実行していった。

    本山はまず、人材育成から仕事をはじめた。グローバル人材を育成するため、若手を積極的に起用していった。

    次に本山が取り組んだのが、「バドワイザー」を生産するアンハイザー・ブッシュ(現在はアンハイザー・ブッシュ・インベブ=ABインベブ)との提携だった。

    米セントルイスに本社を置くアンハイザー・ブッシュは、当時オランダのハイネケンと並ぶ、世界の超大手ビール会社だった。

    本山率いるキリンは、そのアンハイザー・ブッシュと、日本で合弁会社を立ち上げる。

    合弁会社バドワイザージャパンが設立されたのは、1993年3月だった(それ以前は日本ではサントリーがバドワイザーを生産していた)。

    もともと、キリンとアンハイザー・ブッシュは5対5の出資比率のはずだった。

    だが、公正取引委員会から横やりが入る。

    シェアが縮小していたとはいえ、まだまだ圧倒的なトップ企業のキリンが、市場を独占することを懸念されたのである。

    そのため、バドワイザージャパンの出資比率は、アンハイザー・ブッシュ9対キリン1という歪な形になってしまう。

    さらに、社長や営業部長といった要職に、キリンの出向者をつけることができなくなった。

    これほど不利な条件にもかかわらず、アンハイザー・ブッシュとの合弁事業が決まったのは、本山のリーダーシップのおかげだった。

    「本山会長は『どんなことがあってもキリンは引かない』と発言していました」

    と、当時を知るキリン幹部は証言する。

    83年にキリンに入社した代野照幸は、前田仁の「一番搾り」開発チームに在籍していたが、島田新一と入れ替る形で別のチームへ異動していた。

    その代野は94年3月に、マーケティング部からバドワイザージャパンへ出向する。

    カリスマ経営者の「アポなし訪問」

    「キリンとしては、アンハイザー・ブッシュとは対等の関係と思っていました。本山さんは『バドワイザージャパンで若手を武者修行させる』と話してました」

    代野はそう語る。

    「武者修行」に出された代野は、営業本部マネージャーとしてバドワイザージャパンへ出向した。キリンに入社して11年経っていた。

    バドワイザージャパンで代野が一番驚いたのは、アンハイザー・ブッシュのトップ、オーガスト・ブッシュ3世だったという。

    ブッシュ3世は、みずから自家用ジェット「ファルコン」を操縦し、太平洋を横断して、日本まで視察に訪れていたという。

    そのタイミングは、定期的なスケジュールのこともあれば、突然やってくることもあった。

    ブッシュ3世は来日すると、バドワイザージャパン本社や工場だけでなく、街の酒販店やスーパーといった販売現場まで見て回った。

    キリン関係者は、羽田空港でブッシュ3世を出迎えると、大型ミニバンに乗って、バドワイザーを生産する栃木工場(当時)へ向かう。

    その途中で、ブッシュ3世は突然大声で命じた。

    「ここで止まれ!」

    慌ててキリン関係者が車を止めると、ブッシュ3世は車を降りて、沿道の酒屋やスーパーに飛び込んだという。

    もちろん、アポなどあるはずがない。

    ブッシュ3世は売り場を見て回るだけでなく、店主や販売員に向かって「バドワイザーは売れていますか」と質問していたという。

    ちなみに、アサヒビールの樋口廣太郎も、酒販店に飛び込み訪問していた。

    洋の東西を問わず、強烈な個性をもった経営者は、現場が好きなのかも知れない。

    ガッツを見せろ!

    「ブッシュ3世は強烈な個性を持っていました。戦略については時間をかけて論理的に検討しますが、ひとたび形ができれば、一気に実行します。日本の戦国武将に例えるなら、信長タイプの革命児といったところでした」

    と、代野は語る。

    「ロサンゼルス工場で生産するビールを12缶パックにして、日本で発売します」

    ある時、代野はブッシュ3世を前にそう英語でプレゼンした。

    するとブッシュ3世は「Good」と言って上機嫌だったという。

    ただ、彼が「それで、いつ実行するのか」と質問し、代野が「1年後です」と答えた瞬間、態度が豹変した。

    「What!(何だと!)」

    ブッシュ3世は急に怖い顔になると、そう怒鳴ったそうだ。

    代野は必死に、それがロサンゼルス工場の都合であると説明した。

    すると、ブッシュ3世は即座に動いたという。

    「すぐロサンゼルスの工場長に電話する」

    ブッシュ3世の指示が飛んだが、ロサンゼルスは深夜だった。

    だが工場長は国際電話でたたき起こされてしまう。

    代野たちが見ている前で、ブッシュ3世は工場長を詰問しはじめる。

    「1年後じゃないとできないそうだな」

    ブッシュ3世じきじきにそう問われると、工場長に選択肢はなかった。

    「いえ、そんなことはありません……」

    こうして、たった1本の電話で、「1年後」が「半年後」に短縮されてしまった。

    ブッシュ3世はある意味「独裁者」だった。

    彼は代野たち日本人スタッフに、次の5つを大切にするように、よく話していたという。

    ①みんなの会社だ。みんなで経営をしていく。

    ②創意工夫せよ。

    ③論理的にやるための経営学がベースである。

    ④何より大切なのは人だ。人が一生懸命に働くことが大切なんだ。

    ⑤常識を持ちながら、ガッツを見せろ。

    キング・オブ・ビアーの凋落

    本山が「武者修行」と呼んだ通り、代野はバドワイザージャパンでの経験を通じて、グローバル人材として成長していく。

    ブッシュ3世との仕事を経験し、代野は日本国内におけるバドワイザーの販売を増やす。

    やがて代野は、キリンが社員向けに用意する留学制度に応募。

    97年2月から、ボストンのマサチューセッツ工科大学(MIT)ビジネススクールで学び、1年後にはMBA(経営修士号)を取得。

    その後、キリンが買収したバーボンウイスキーのフォアローゼズディステラリー社(ケンタッキー州)社長、同じくフィリピンのサンミゲルビール社副社長などを務める。

    最後はメルシャンの社長も務めた。

    一方、キリンとアンハイザー・ブッシュとの合弁は99年に解消される。

    解消に関する、アンハイザー・ブッシュとのタフな交渉を担っていたのが堀口英樹である。合弁解消時、堀口はまだ37歳だった。

    現在、堀口はキリンビバレッジ社長を務めているが、キリンビール社長だった布施孝之が21年9月に急逝したことをうけて、2022年からキリンビール社長に就任することが決まっている。

    合弁解消後も、2018年末までキリンはバドワイザーの生産と国内販売を行っていた。

    前述したが、08年、アンハイザー・ブッシュはインベブ(かつてのインターブリュー)に買収され、アンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABインベブ)となる。

    「キング・オブ・ビアー」と呼ばれたバドワイザーを持つアンハイザー・ブッシュは、なぜ買収されたのだろうか。

    あるビール会社首脳は次のように話す。

    「事業承継がうまくいかなかった。カリスマだったオーガスト・ブッシュ3世は偉大だったが、その子息はそうではなかった」

    また、キリンの複数の関係者は次のように語る。

    「インベブに買収され、経営効率を強く求められるようになった。その反面、ものづくりへのこだわりが希薄になった」

    かつては、キリン自社工場でつくったバドワイザーを、アンハイザー・ブッシュのセントルイス本社まで、定期的に送っていたという。

    そこで、アンハイザー・ブッシュ創業家のブッシュ家による、容赦のない品質チェックが待っていた。

    チェックの結果によっては、アンハイザー・ブッシュの技術者が日本にやってきて指導するほか、ブッシュ3世がみずからファルコンを飛ばしてチェックに来ることさえあった。

    ところが、ABインベブになってからは、サンプルの送付先が太平洋の向こうのセントルイス旧本社から、比較的近い中国の武漢工場に変わったという。

    コストの削減が目的だった。品質チェック自体も以前より緩くなったという。

    永井 隆(ながい・たかし)1958年生まれ。フリージャーナリスト。現在、雑誌や新聞、ウェブで取材執筆活動を行う一方、テレビ、ラジオのコメンテーターも務める。 主な著書に『移民解禁』(毎日新聞出版)、『アサヒビール30年目の逆襲』『サントリー対キリン』『EVウォーズ』(日本経済新聞出版社)、『究極にうまいクラフトビールをつくる』(新潮社)など。

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