教養・歴史書評

分断が進む米国。政治、経済、環境…… あらゆる視点から総合分析=評者・上川孝夫

『現代アメリカ政治経済入門』 評者・上川孝夫

編著者 河㟢信樹(関西大学教授) 河音琢郎(立命館大学教授) 藤木剛康(和歌山大学准教授) ミネルヴァ書房 3080円

エネルギーや移民、安保まで 揺れ動く大国を多角的に分析

 米バイデン政権が発足して1年近くになる。中国の追い上げが急だが、米国は今なお世界の中心的地位を占めており、その動向から目が離せない。本書は、この米国の政治経済の全体像を描いたタイムリーな企画であり、10人の専門家が健筆を振るっている。

 本書によれば、現代米国の起点は、ルーズベルト大統領の下で形成され、戦後へ続いた「ニューディール体制」にあるが、レーガン政権を機に「新自由主義」政策へとかじを切る。企業の多国籍化が拡大し、製造業の疲弊や中産階級の没落が進み、トランプ政権の誕生につながる。バイデン新政権は、中産階級の復権を図りながら、トランプ外交で毀損(きそん)した米国の国際的リーダーシップの修復に腐心していると見る。

 こうした視点から本書は、現代の米国を体系的・総合的に捉えようとしている。経済全体の分析に始まり、産業や雇用、さらに政治システム、財政・金融政策、医療保障、エネルギー・環境、移民、外交・安全保障政策へと幅広いテーマを扱っている。

 近年、人々の関心が高いのは、米国社会の分断の問題であろう。しかしその解決は容易ではなさそうだ。一部の大都市では、サービス・情報産業で高度な専門職に就いて高賃金を得る「クリエイティブ・クラス」と呼ばれる階層が拡大し、これを低賃金の「サービス・クラス」が支えている。中西部ラストベルト(さびついた工業地帯)に代表される製造業の衰退や、「1%の富裕層とその他99%」という図式では捉えきれない格差の現実があるとする。

 注目されるのは、米国の政治自体が「分極政治」の様相を呈していることだ。2大政党内部の党派を見ると、共和党内のトランプ派と伝統派、民主党内のバイデン中道派と左派(サンダース、ウォーレン支持者)は、それぞれの政党内で支持率が拮抗(きっこう)している(2021年1月の世論調査)。これに特権階級の政治に批判的な草の根運動や国民の政治不信もあり、バイデンの政権運営のハードルは高いという。

 他方で本書は、バイデン政権が目指す外交を「国際主義外交」の復活にあるとし、覇権を競う中国には圧力を強めていくと予測している。しかし、急拡大する米国の財政赤字は、米国債に対する海外勢の保有を不安定にし、ドルの信認に影響しかねないことを指摘する。近年、欧州の通貨ユーロの地位が高まりつつあり、人民元も潜在力を秘める。揺れ動く大国の今を読み解く格好のテキストである。

(上川孝夫・横浜国立大学名誉教授)


 河㟢信樹(かわさき・のぶき) 著書に『アメリカのドイツ政策の史的展開』など。

 河音琢郎(かわね・たくろう) 著書に『アメリカの財政再建と予算過程』など。

 藤木剛康(ふじき・たけやす) 著書に『ポスト冷戦期アメリカの通商政策』など。

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