教養・歴史書評

コロナ下の閉塞空間から生まれた中国人歴史学者の書評集=辻康吾

中国 コロナ下の東京で生まれた書評集=辻康吾

 新型コロナウイルスのため全人類の生活リズムが狂ってしまったと言っても言い過ぎではないし、国際的な学術交流もその例外ではない。東京大学の高等研究機構である東京カレッジに招かれた中国・復旦大学の葛兆光教授(歴史学)も2019年末に東京に到着してはいたのだが、その後のコロナ禍のため動きが取れず、ほとんどを大学図書館と宿舎で過ごすことになった。

 葛教授は14年に『中国再考』(岩波現代文庫)でアジア調査会の「アジア・太平洋賞大賞」を受賞し、最近その増補版『完本 中国再考』(同文庫、1540円)が出版されているが、昨年の8カ月にわたる東京での蟄居(ちっきょ)の間、わずかな面談をのぞいて日本人研究者との交流もままならぬまま、大量の読書を続け、書評を発表してきた。

 それらをまとめて21年11月に刊行された『東京箚記(さっき)2020』(台北・允晨文化)を一読して驚かされるのは、その博覧強記ぶりである。

『東京箚記』には折々の時評も含まれている。東京・上野の黒田記念館を訪れ、黒田清輝のみならず、内藤湖南、白鳥庫吉(くらきち)ら当時の日本の知識人が速やかに西方文明を取り入れ、いかに順調に近代化に成功したかを賛嘆している。また歴史学者として、最近の中国国内での風潮として西側文化を盲目的に否定することを次のように厳しく批判している。

 エドワード・サイードの『オリエンタリズム』は、従来の西側世界を中心とする世界史観を批判し、西側以外の世界の歴史の重要性を指摘したもので、葛教授も基本的にこの新しい歴史観を肯定している。だが経済の発展、国力の増大とともに中国ではこの議論が西側のすべての知的資産を否定する風潮となり、「西側中心主義を否定することが政治的に正しい」こととされ、「一つの極端から、もう一つの極端に走る」という過ちを犯していると警告している。さらにその背景として毛沢東の「すべて敵が反対するものを我々は擁護する。すべて敵が擁護するものに我々は反対する」という言葉を挙げている。

 政治権力から学術まで、歴史と伝統がすべてに染み込んでいる中国が「歴史の国」と言われるのも無理はないようだ。

(辻康吾・元獨協大学教授)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。

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