教養・歴史書評

デジタル化で憂慮される人間性の喪失、どう避けて生きるか=評者・藤原裕之

『デジタル化時代の「人間の条件」 ディストピアをいかに回避するか?』 評者・藤原裕之

著者 加藤晋(東京大学社会科学研究所准教授) 伊藤亜星(同准教授) 石田賢示(同准教授) 飯田高(同教授) 筑摩選書 1760円

ネットが情報も人間関係も支配 孤立せず、いかにして生きるか

 デジタル化時代で憂慮されるディストピアとは何か。「デジタル技術によって人間の行動が完全に監視される社会」か「人間的なアクティビティの喪失によって孤立状態に陥る」事態か。本書は後者の立場に立ってデジタル化時代を捉える。他者との関係が真に問題となるデジタル化時代において、経済や情報、法や平等、働き方や余暇を通じて人間のあり方の本質を探る意欲作だ。

 本書の問いは、(1)デジタル化が与える余裕はすべての人に平等に行き渡るのか、(2)その余裕は適切な形で利用されるのか──という二つ。社会科学の論理と倫理の視点を組み合わせ、ハンナ・アーレントの思想をベースに問いを深めていく。

 一つ目の問いはプラットフォーム企業を抜きに語れない。プラットフォーム企業が経済の中心的な存在になることで「情報の搾取」が起きている。本書ではロック─マルクスの理論を拡張しながら情報搾取を理解するが、同時にロック─マルクスの理論では捉えきれない「人間の存在価値」にも直面する。

 賃金格差の議論も興味深い。米国では地域のつながりが弱まることで機会の平等が失われ、賃金格差が拡大している。インターネットは社会関係資本を通じて機会の不平等を是正する効果が期待されるが、現実には社会関係資本を充実させているのは高額所得者であり貧困層ではない。

 二つ目の問いはアーレントの思想をベースに深みのある議論が展開される。アーレントは人間の生活を「労働」「仕事」「活動」というアクティビティ(行動)に区分する。デジタル化で生命維持に必要な「労働」は減少し、余った時間は「仕事」と「活動」に充てられる。

 問題は労働以外の行動の内容だ。SNSはデジタル化で生まれた活動の一つだが、アーレントの定義では、匿名性の問題があるSNSは活動として無意味とされる。一方、現実にはSNSでは正体を明らかにすることで個人の身という精神の安定性が損なわれる可能性がある。

 著者らが提案するのは、活動からの退避を認める「退避可能性条件」と、対等な立場でいつでも復帰できる「対等復帰条件」をSNSに組み込むことだ。退避と復帰の自由を確保することで他者との接触を豊かに持ち、人々の固有性を尊重する。非常に興味深い提案である。

 本書は4人の社会科学者が人間のあり方の本質を真剣に討議した姿を映し出したものだ。読者はその熱量に押されるようにデジタル化の本質を深く考えるようになるだろう。

(藤原裕之・センスクリエイト総合研究所代表)


 加藤晋(かとう・すすむ) 厚生経済学、公共経済学、平等論が専門。

 伊藤亜星(いとう・あせい) 中国経済論専攻。著書に『デジタル化する新興国』。

 石田賢示(いしだ・けんじ) 社会階層論専攻。共著書に『人生の歩みを追跡する』。

 飯田高(いいだ・たかし) 法社会学専攻。著書に『法と社会科学をつなぐ』。

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