教養・歴史書評

オバマ元大統領激賞。傷を負った少年たちの旅物語=冷泉彰彦

アメリカ オバマ激賞 傷を負った少年たちの旅物語

 2021年の出版界を回顧し、さまざまな「トップ10」リストが公表されているが、多くの評価を集めているのが、エイモア・トールズの『リンカーン・ハイウェイ』という小説だ。本書は、バラク・オバマ元大統領が激賞して著名となったが、アマゾンが「今年のベスト」に選出したこともあって、同社の「最も売れた本」のフィクション部門では12月に入って1位を奪還した。

 舞台は1954年、父を亡くし事件を起こして施設に入れられていた18歳の少年は、出所とともに旅に出る。少年はネブラスカで8歳の弟と合流し、共にカリフォルニアへ向かって生き別れとなった母を探そうとする。だが、その車には矯正施設を脱走した仲間が勝手に乗り込んでおり、ある目的のために、一行は一転して東海岸を目指すこととなる。

 全体の仕立てはロードムービー風となっているのだが、複数の登場人物が異なった土地に関係を持っていることから、その「旅」が複雑になっていく設計となっている。そして、個々の人物はそれぞれに家族などの問題を抱えている。人物はそれぞれが個性的であって、人間関係も多様だ。「旅」の意味合いとしては、母探しであったり、父探しであったり、心の病からの回復であったり、未来への希望探しであったりする。

 基本的に10日間の物語でありながら、東西に広いアメリカ大陸を舞台にして多くの事件が起こり、登場人物たちのキャラクターも深化していく。主人公を中心に一つの物語が進むのではなく、あれこれ設計されたセッティングの中で、さまざまな事件を通じて多くの要素が絡み合い、やがて解決することで旅が終わるという仕掛けだ。作者のトールズは、章立ての番号を10章から1章へと数字が減っていくように設定している。これは時間軸を逆さにしているという意味ではなく、各章の出来事は結末へ向かってのカウントダウンだという視点からの設定である。

 経済的な困窮や家族の離散、反社会的な行為などを描いていながら、暴力や性的なシーンはほとんど取り除かれ、また俗語なども慎重に扱われている。結果として、文章は美しく研ぎ澄まされており、「詩的」という評価もあるぐらいだ。その意味では、高いエンタメ性を確保した純文学と言ってもいいだろう。


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

7月12日号

止まらないインフレ 資源ショック20 衝撃は石油危機に匹敵 「資源小国」日本の正念場 ■荒木 涼子/和田 肇24 原油の行方 2次制裁発動なら記録的高騰へ ■原田 大輔27 中国・インド “ロシアに冷淡”な資源輸入国 ■和田 肇29 戦略物資 EVや再エネの普及に必須の「銅」 ■片瀬 裕文30 天然 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事