投資の達人に聞く㉕コモンズ投信(上)五つの軸で企業を見極め、30年目線で厳選投資をする渋沢栄一ゆかりのファンドとは
コモンズ投信は、「日本資本主義の父」である渋沢栄一とゆかりが深い投資信託会社だ。会長の渋沢健氏は、栄一の玄孫(やしゃご、5代目の孫)である。「論語と算盤」の筆者でもある渋沢栄一は、資本主義に代わる「合本主義」を唱えた。株主だけでなく、経営者、従業員、取引先、地域社会など様々なステークホルダー(利害関係者)が力を合わせれば、会社は価値を上げることができる。今のESG、SDGs経営の先駆けである。会社名の「コモンズ」は、これらの様々なステークホルダーが集まる「共有地」をイメージしている。
「見えない資産」が生む企業価値
こうしたゆかりを持つ同社が目指すのは、長期投資による顧客資産の形成だ。日本では、株式投資は「短期売買で儲けるもの」との考えが根強いが、株式投資のリターンは、本来は、企業の創造した価値の配分だ。企業の価値は、物的資産、人材、金融資産のような「見える資産」だけではなく、経営理念や企業文化などの「見えない資産」によっても形成される。これらの資産が複合的に生み出したリターンを顧客が享受するためには、長い期間を要する。
長期投資の有効性には、データの裏付けがある。平成の30年間で、元年から終わりまで上場していた企業は1287社ある。その間、日経平均株価は3万200円から2万2000円まで26%下落し、61%の企業が時価総額を減らした。一方、64社が時価総額を5倍以上にした。その中で一番上げたのは日本電産で約70倍になった。二番目がキーエンスの60倍だ。同社の伊井哲朗社長・最高運用責任者は「これだけ難しい時代でも、一握りの企業は、長期投資ですごいリターンを出している。銘柄を厳選すれば、日本企業でも非常に高いリターンを得ることが可能だ」と強調する。
五つの軸で30社に厳選投資
こうした考えに基づき、同社の代表的なファンドである「コモンズ30ファンド」は、30年の超長期の目線で30銘柄程度に集中投資している。実際、同ファンドは上記の64社のうち、8社に10年以上投資している。投資先の一つであるユニ・チャームは、平成の30年間で時価総額を20倍に増やした。
顧客の含み益が最も多い
ファンドの設定は2009年1月19日で、21年12月末の純資産額は331億円。設定来の騰落率は332%だ。投信評価会社のモーニングスターによると、3年間の平均年率利回りは17.46%、10年間では14.14%。10年間の平均年率利回りの比較では、「国内大型株ブレンド」に分類される147本中13位の成績を付けている。
また、同ファンドは、2018年1月から始まった「つみたてNISA」の対象だが、日経QUICKによると、18年1月からつみたて投資を開始した場合、21年6月末時点で、日本株ファンドとして最も顧客の含み益が多かった。(評価額が179.5万円に対し、含み益は39.5万円)。
海外比率が高い企業を組み入れ
21年7月末時点の組み入れ上位銘柄は、デンソー(組み入れ比率4.1%)、KADOKAWA(同3.9%)、東京エレクトロン(3.8%)、ホンダ(3.7%)、信越化学工業(3.7%)、エーザイ(3.6%)、クボタ(3.6%)、ディスコ(3.6%)など。東京エレクトロン、ホンダ、ディスコの海外売上比率は8割以上、信越化学は7割以上、エーザイ、クボタは5割以上だ。KADOKAWAは海外向けのアニメの版権ビジネスが急速に伸びている。つまり、なじみのある日本企業への投資を通じて、世界の経済成長の果実を享受できるポートフォリオとなっている。
30年先の稼ぐ力を評価
それでは、具体的にどのように銘柄を選択しているのか。伊井社長は、「30年先も稼ぐ力を維持できるかを、五つの軸で評価している」と語る。その軸は、①収益力、②競争力、③経営力、④対話力、⑤企業文化――だ。
①収益力は営業利益率、ROEなどの目に見える財務的な価値だ。②競争力は、その源泉を理解し、強さを支えるビジネスモデルを磨き続けているか、③経営力は、経営トップが長期的な企業価値向上に対する意識が強く、経営体制の持続的な高度化に取り組んでいるか、④対話力は顧客、社員、取引先、株主、社会など、ステークホルダーとの対話を重視しているか、⑤企業文化は、明確に定義された企業理念・価値観を組織内に共有し、浸透させ、それが組織力を高めているかどうか――などをそれぞれ評価していく。②~⑤は目に見えない「非財務的な価値」だ。
財務も過去の長期データを分析
伊井社長は、「そういった切り口で企業を評価すると、日本の上場企業3800社の中で、30年目線で投資をしても良いというユニバース(企業群)が120~130社、3~4%出てくる。その中から、30社に絞り込む」と話す。
財務についても、過去を遡り、長期間分析する。「会社の沿革から始まり、現在に至るまでの財務データを見ると、増収増益、増収減益、減収減益と、長い期間に浮き沈みがある。そうした中で研究開発費や人員数はどのように推移しているかを分析すると、結構、会社によって特色がある」(伊井社長)。研究開発費は業績が苦しい時でもなるべく減らさない企業がある一方、業績に連動させる企業もある。人員も大胆にリストラするところもあれば、なるべく減らさないところもある。また、「30~50年の長期間には、会社には何回か危機がある。その厳しい局面を乗り越え、経験が血となり肉となった企業は、今度も難局を乗り越えることがイメージできる」という。
コロナで企業の危機対応力の差が表面化
2019年末からの新型コロナの感染拡大で、過去の経験や企業文化が如実に企業業績の差となって表れた。例えば、20年1月に自動車産業の集積地である中国・武漢でコロナの感染が深刻化した際、投資先であるデンソーは、2003年のSARSコロナウイルス時の経験により、6カ月間、中国のオペレーションが止まっても大丈夫なように備えていた。一方、ある国内の大手自動車メーカーは、地元で取引している下請け先の状況を全く把握しておらず、業績に大きな影響が出た。
同様に投資先のユニ・チャームや堀場製作所は、コロナを受け20年2~3月からリモートワークを導入した時に、それが長期間継続できるように、労務規程や人事制度を整備していた。例えば「ユニ・チャームは、2016年から女性が育児休暇や介護を含めて、自宅でも働けるように制度設計している。だから、『うちは何カ月でもリモートワーク出来ます』と」(伊井社長)。
氷山の例え
伊井社長は、五つの軸を最近、よく、氷山に例える。「氷山は海面上に浮いている。これが財務データ。しかし、氷山は海面より下のところが大きくて、海面下に順番に競争力、経営力、対話力、底辺に企業文化がある。ここをしっかりやっているところが、海面上に出るところが大きくなる」。
投資の決定は、月2回開かれる投資委員会で行われる。メンバーは、渋沢会長、伊井社長のほか、アナリスト3人の計5人。「全員で賛成して、腹落ちしないと組み入れにならないし、担当アナリストから自分たちが考えているストーリーとかけ離れてきたので、長期保有はここで断念したほうが良いという提案があっても、全員が納得できないと売却できない」(伊井社長)。
「経営者」として投資先を見る
渋沢会長、伊井社長は投資委員会で、「企業経営者」として投資先を見る役割を担っている。例えば、アナリストから見ると、投資先企業に儲かっていない事業がありその売却が進まないと、経営判断が遅いとみなし勝ちだ。しかし、経営者として投資先の経営陣と話をすると、事業売却にはその部門の人員の人事処遇も含めて対応しないといけない、という話になる。「経営者同士だからこそ分かる悩みやその夢までを含めて、企業を見ることは、投資判断としてすごく有効であり、そこに当社の特色がある」(伊井社長)。
次回は、コモンズ投信創設の経緯を通じて、同社の運用哲学などを見ていきたい。
(稲留正英・編集部)
(続く)