国際情勢を左右する陰の主役、半導体。その攻防から世界を読み解く=評者・近藤伸二
『2030 半導体の地政学 戦略物資を支配するのは誰か』 評者・近藤伸二
著者 太田泰彦(日本経済新聞編集委員) 日経BP 1980円
安全保障を左右する陰の主役 その攻防から世界を読み解く
新型コロナウイルス禍で半導体不足が加速し、この小さなチップがないと電機製品も自動車も作れないという現実を世界は思い知らされた。米中対立や台湾有事が国際社会の焦点となり、政治・外交・軍事面の駆け引きが繰り広げられているが、陰の主役は半導体だ。本書は、「国家の安全保障を左右する戦略物資としての価値」を持つ半導体を巡る国家・地域間の攻防を説き明かしている。
半導体業界では2000年前後から、回路設計に特化した米国のファブレス企業と受託生産に専念する台湾や韓国のファウンドリーによる水平分業が進んだ。そんな中、中国は10兆円を超える資金を投入し、自給率アップを目指している。
しかも、もし中国が台湾を統一すれば、ファウンドリー業界のガリバーである台湾積体電路製造(TSMC)が手に入る。著者は「中国の台頭により、このビジネスモデル(水平分業体制)が逆に米国の地政学リスクを高めるという皮肉な結果となっている」と指摘する。
米国がそれを実感したのは、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)への制裁がきっかけだ。ファーウェイはTSMCから半導体の供給を受け、スマートフォンなどを作り続けた。米国はTSMCにファーウェイ向けの半導体輸出を禁じ、ようやく白旗を上げさせた。
だが、国内に製造拠点がない米国は、中国と同じ弱みを持つ。米国は危機感を募らせ、半ば強引にTSMCと韓国サムスン電子に最先端半導体工場の国内進出をのませた。
日本が4000億円もの補助金を積んでまでTSMCの工場を誘致したのも、この文脈で読み解くと理解しやすい。著者は「日本企業が育つには100年かかるでしょう。足りないものは外国からインプラント(移殖)するしかない」という経済産業省幹部の言葉を紹介している。
こうした半導体争奪戦から欧州は取り残されているように見えるが、要衝は押さえている。オランダASML製の露光装置や英アームの基本回路図面がなければ、世界の企業は半導体を作ることができない。
日本はどうか。富士通とパナソニックが設立したソシオネクストは、自動運転車に不可欠なチップを設計している。東京大学がTSMCと共同研究する技術は次世代半導体の鍵を握る。巻き返しの芽はあるのだ。
本書は他にシンガポールやアルメニアなど意外なプレーヤーの役割も描き出しており、半導体を通して世界を眺めれば、また違った景色が見えてくることが分かる。
(近藤伸二・追手門学院大学教授)
太田泰彦(おおた・やすひこ) 1961年生まれ。85年に日本経済新聞社に入社。ワシントン、フランクフルトなどに駐在し、通商や国際金融をテーマに取材・執筆。著書に『プラナカン 東南アジアを動かす謎の民』など。