マネーをめぐる一大変革期。新通貨の動向と危機を徹底解説=評者・田代秀敏
『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃』 評者・田代秀敏
著者 野口悠紀雄(一橋大学名誉教授) 新潮社 1980円
マネーをめぐる一大変革期 新通貨の動向と危機を徹底解説
本書のタイトルであるCBDCは、Central Bank Digital Currencyの略であり、中央銀行が発行するデジタル通貨を指す。
CBDCは既存の電子マネーの拡大延長ではない。「CBDCの発行は、経済構造における重要な変化である。数百年に1度といえるような変化だ」と著者は宣言する。
「マネーの仕組みは分かりにくいので、これがどれほど大きな問題かが、一般にはよく理解されていない。それを解説するのが本書の目的だ」と自負する通り、初歩から明快に説明していく。詳細な索引が役に立つ。
第1章では、フェイスブック(現メタ)社によるデジタル通貨リブラ(現ディエム)の発行計画に対する猛烈な抵抗を通して、デジタル通貨の革命的な衝撃性が示される。
第2章では、CBDCの口座型/トークン型、中央管理型/分散管理型の類型を説明し、スマートフォンを近づけるだけで送金できるデジタル人民元は「中央銀行券が魔法の力を与えられた」ものであり、日本で利用されると「日本国内でのマネーのコントロールを日銀ができなくなってしまう。その結果、日本の通貨主権は消滅する」ことが見通される。
第3章では、先行するデジタル人民元の仕組みが解説され、「デジタル人民元が国際決済に使われれば、人民元の国際利用がもたらされ」 、「デジタル人民元は、中国政府の力を、国内的にも国際的にも著しく強めることに寄与する」 と展望される。
第4章では、欧州各国のCBDC開発状況が紹介され、既存の銀行間決済システムを引き継ぐならCBDCは非匿名となり、中央銀行が詳細な取引情報を把握し、銀行預金がCBDCへ流出し銀行は与信できなくなりかねないことが述べられる。
第5章では、自由な社会を実現するための完全に匿名のデジタル通貨として発明されたビットコインが、投機の対象に堕落していった経緯が紹介される。
第6章では、「日本のCBDCは、もっとも重要な部分において成立の条件を欠いている」 ので、「仮にデジタル円が導入されても、広く使われることはなく、他方でデジタル人民元が日本で使われる状態になりかねない」ことが警告される。
第7章では、デジタル通貨の導入で引き起こされる問題が整理される。
終章では、「新しい仕組みの構築に成功した社会は、将来に向けて大きく発展し」、「新しい仕組みに転換できなければ、世界の趨勢(すうせい)から取り残されていく」と予言される。どちらに日本は向かうのだろうか。
(田代秀敏、シグマ・キャピタル チーフエコノミスト)
野口悠紀雄(のぐち・ゆきお) 1940年生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省(現財務省)入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。専攻はファイナンス理論、日本経済論。『情報の経済理論』『財政危機の構造』『1940年体制』など著書多数。