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教養・歴史書評

口を封じられた中国の詩人たち。現代も例外ではない=辻 康吾

中国 作品のない詩人たち=辻康吾

 中国西域の風物を詠(うた)った唐詩といえば、「葡萄の美酒夜光の杯」で始まる王翰(おうかん)の「涼州詞(りょうしゅうし)」が有名だ。だが実は同名の詩には同じく盛唐の王之渙(おうしかん)の作品がある。「春光は度(わた)らず 玉門関」の一節を知る人もいるだろうが、二首で構成される七言絶句には黄河の果て、砂漠と高山の雄大な風景から辺塞を守る兵士の心情まで詠まれている。清末の思想家、章炳麟(しょうへいりん)は「絶句の最たるもの」とまで称賛している。

 こうした高い評価と裏腹に、今日伝わる王之渙の作品は、清代に勅命で編さんされた詩集『全唐詩』に収録された6編だけで、8世紀半ばの死後もその生涯は判然としなかった。

 転機が訪れたのは今から100年ほど前のこと。墓泥棒がたまたま王之渙の墓を暴き、生前の事績を刻んだ墓誌銘を骨董(こっとう)市場で売り払った結果、この辺塞詩人の生きざまが世人の知るところとなったようだ。

 徐州師範大学の文献学者である胡可先(こかせん)らが編さんした『唐代詩人墓誌匯編(出土文献巻)』(2021年、上海古籍出版社)は、王之渙ら『全唐詩』に収録された作者を中心に出土した墓誌銘を整理している。素人にはなじみのない名も収録されているが、作品が現存していない「詩人」についても、墓誌銘で詩作したことが記述されていればここに記載したと説明されている。

 詩の一作も後世に伝えられることなく、掘り出された墓誌銘の解読で作品がないまま、「詩人」の名のみ与えられた唐代の文人は、どんな詩を詠んでいたのだろうか。つい気になってしまう。

 だが、考えてみるならば、現代中国においても存命中であっても作品を発表する機会を奪われた詩人や文筆家は、決して珍しくはない。一例を挙げるとするなら、1989年の天安門事件以後、長期の投獄が繰り返されている反体制詩人、李必豊(りひつほう)の獄中の作品は、中国国内はおろか、国家安全法が施行された香港でも発表できない。

 そのうえさらに、昨年末にドイツ語版が海外で出版されたと報じられている。口を封じられた彼らの身の安全はもちろんのこと、その作品が後世にまで末長く伝えられることを祈りたい。

(辻康吾・元獨協大学教授)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。

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