教養・歴史書評

良い意味で「いいかげん」。しなやかなロボットは果たして可能か?=評者・池内 了

『いいかげんなロボット ソフトロボットが創るしなやかな未来』 評者・池内了

著者 鈴森康一(東京工業大学教授) 化学同人 1760円

適度なさじ加減で対応するやわらかな動きは可能か?

 ロボットといえば、硬い金属製のボディーで、緻密なプログラムによって管理でき、瞬時に反応して大きな力を発揮し、精密な位置制御とミスのない確実な作業を厳格に実行する、という優れた能力を思い浮かべるのが通常だろう。事実、原発内部の検査や複雑な生産工程を自在にこなすロボットは、今や人間にとって不可欠となっている。しかし、そんなロボットだからこそ頼めない多くの作業もある。赤ん坊を優しく抱きしめ、卵を手に取って割って卵焼きを作り、柔らかな手の動きで筋肉をほぐす、などである。人間が当たり前としている動作ができないのだ。

 つまり、従来のロボットは物理的に強靭(きょうじん)で、定まった環境条件の下では優れた能力を発揮するのだが、柔軟に接触し、状況が刻々と変わり、思いがけない出来事に臨機応変に対処すべきときには使い物にならない。そこで、やわらかい身体を持ち、状況に応じて対応する融通性や適応性がある、しなやかな能力を持ったロボットはできないものか、と考えたくなる。それがいわゆる「ソフトロボット」で、著者は「いいかげんなロボット」と呼んでいる。「いいかげん」には、無責任とか曖昧というマイナスの意味と、適度とかいい塩梅(あんばい)というプラスの意味もある。

 本書は、このプラスの要素を前面に打ち出した「いいかげんなロボット」造りが、どのような開発状態にあるかの報告である。これまでの、寸分の狂いのない技術こそ至高とする工学概念をどう乗り越えていくかの悪戦苦闘ぶりと、「いい加減」な技術から成り立つ新しい分野への挑戦という楽しさが入り混じっていて、ミスをするロボットと同じく、研究者もミスをしながら学習し成長している現状がよくわかる。

 これまで生物を模倣するバイオミメティックスという分野は多くの成果を上げてきた。天井に張り付いて落ちない蝿(ハエ)の足とか、光の干渉を利用したモルフォチョウの翅(はね)とかで、それぞれの特性を生かした技術である。ソフトロボットは、それらの特殊能力にとどまらず、生物の動き全体を機能させることを目的としている。硬軟両様に作動する象の鼻、自在に変形するタコの足、草むらでの移動と瞬間の跳躍を示すヘビ、アメーバやミミズの蠕動(ぜんどう)運動など、学ぶべき対象はたくさんある。既に実現しているのは、胃カメラなど内視鏡の長い管の柔軟な動きだろう。

 生物とは「いいかげん」な設計で「いいかげん」に働いており、それを「いいかげん」な人間が習得しようとしている。楽しみなことである。

(池内了・総合研究大学院大学名誉教授)


 鈴森康一(すずもり・こういち) 横浜国立大学大学院工学研究科修士課程修了後、東芝に入社。その後、財団法人マイクロマシンセンター国際交流課長などを経て現職。著書に『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』など。

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