「芸能界しか食べていく場所がなかったから、必死で働いてきた」 映画「なん・なんだ」主演 俳優・烏丸せつこさん
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俳優の烏丸せつこさんがダブル主演を務めた映画「なん・なんだ」が公開中だ。楽しんで演じたのかと思いきや、「出演を後悔した」となぜか怒っている烏丸さんに、67歳の現在の心境とこれまでの道のりを聞いた。
(聞き手=井上志津・ライター)
「いつもギリギリで生きてきた」
「田舎育ちだから、派手な場所が合わない。でも、芸能界しか食べていく場所がなかったから、離婚後は必死で働きました」
── 下元史朗さんとともに主演を務めた映画「なん・なんだ」(山嵜(やまさき)晋平監督)が公開中です。面白いタイトルですね。
烏丸 脚本を渡された時は「じいちゃんとカメラ」だったんですよ。変更されたことは知りませんでした。プロデューサーを務めた寺脇研さんがプレスシートに「タイトルは自らの老いに『何なんだ!』といら立ったり、思いもよらなかった秘密に遭遇して『何なんだ?』と当惑したりするだけでなく、『(そんなもん)なんなんだ!』と居直る元気にも通じる」と書いていますが、私は変えなくてよかったと思っているんです……。
── 脚本のどんなところが気に入って美智子役を引き受けましたか。
烏丸 (烏丸さん演じる美智子が)ずっと浮気していたというのが、設定として面白いなと最初は思ったんです。他に腑(ふ)に落ちない点やセリフは多かったけれど、そこは監督と現場で話し合えるだろうと思って撮影に入りました。でも、監督は「考えておきます」と言うだけで説明がなくて。時間切れになって押し切られちゃった。納得できないままなので、セリフが棒読みになっている箇所もあるんですよ。だから本当は私、この映画の話をしたくないのよね。
── どんな箇所ですか。
烏丸 例えば、美智子が夫の三郎(下元さん)に浮気の理由を告白するところ。「ずいぶん昔の話になるけど覚えてる? 一度だけ私のほうからあなたを誘ったことがあった。でもあなたは応えてくれなかった」って。それで「死のうと思ったの、あの時」って。おかしくない? これが理由だったら、美智子って執念深すぎるよ、何十年もさ。こんな理由で死のうなんて思わないし。だから、「この理由じゃ弱くないですか」って何度も監督に聞いたけれど、返答はもらえなかったの。
映画「なん・なんだ」は結婚して40年になる夫婦、三郎と美智子が主人公。ある日、文学講座に行くと言って出かけた美智子が遠く離れた京都で交通事故に遭い、昏睡(こんすい)状態に陥ってしまう。三郎が美智子の趣味だったカメラに入っていたフィルムを現像してみると、見知らぬ男の姿が映っていて──という物語。監督は2019年に「テイクオーバーゾーン」が東京国際映画祭で評価された1980年生まれの山嵜晋平さん。烏丸さんは夫に内緒で30年間、愛人とあいびきしていた美智子役を演じた。
「ツッコミどころはたくさん」
── 他にはありますか。
烏丸 他にもツッコミどころはたくさん。三郎が全共闘世代という設定も突然出てくるけど、それ以上踏み込んでいないから取って付けたようになってしまったし、「私、分かったの。心と体は一緒なのよ」っていう美智子のセリフも、女のこと、分かっていないなと思いました。心と体は一緒じゃないよね。監督はまだ若いから、本当は結婚生活40年の夫婦の話なんて興味がなかったのかもしれない。出演をこんなに後悔したのって初めて。年寄りが主人公の映画って珍しいし、もっと面白くなると期待していたから余計に残念でした。
── 好きなシーンはありますか。
烏丸 オープニングのだらしない夫と妻の暮らしぶりは生活感があって、いいよね。ラストの手前で、ベランダでタバコを吸う三郎に美智子が「どうせ死ぬんだから好きなだけ吸いなさい」って言うところも好き。「おいしいの?」「ああ」って。あのセリフは私が提案して言ったんだよ。脚本にはなかった。
── もっとどうなればよかったでしょう。
烏丸 別に美智子は浮気していたっていいんです。私だったら別れるけど、お金がなかったとか、子どもがいたからとか、彼女なりの理屈があって別れなかったのかもしれないもんね。どちらにしても、どうしてこうなったかをもう少し違うふうに描けば、夫婦がこれからどうなっていくか、余韻ができたんじゃないかな。でも、しょうがない。美智子は変な女だし、三郎も横暴だから、共感は得られないかもしれないけれど、「こんなジジババをどう思います…
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週刊エコノミスト
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