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週刊エコノミスト Onlineロングインタビュー情熱人

鎌倉から禅の音「吹禅」が広がる=尺八演奏家

「尺八の間が『空の世界』を作り出している」 撮影=武市公孝
「尺八の間が『空の世界』を作り出している」 撮影=武市公孝

「陰」「陽」絶妙のバランスで奏でる 工藤煉山 尺八演奏家/19

 自然の息づかいが伝わるような尺八を奏でる工藤煉山さん。音楽家の坂本龍一さんとのコラボでも注目された尺八演奏家だ。幾度も苦境を耐えたからこそ分かる、尺八への熱意を聞いた。

(聞き手=中園敦二・編集部)

「尺八の呼吸一つで、自然と一体となる」

「幾度も苦境を耐え禅のまちから吹禅を広めたい」

── 坂本龍一さんと工藤さんがコラボした曲「series─incomplete“時光Jiko”」が2020年5月にYouTubeに出て注目されました。

工藤 3年前に坂本さんとお会いして「新型コロナウイルスの時期でもあるので、何ができるかわからないけど、音源送ってみない?」という連絡をいただき、あこがれの坂本さんとのコラボなので必死に作りました。まさか世に出るとも思っていませんでした。(情熱人)

── 尺八を始めたきっかけは?

工藤 小学5年生の時に家の押し入れで遊んでいたら偶然、尺八を見つけたのです。親戚のものだったのですが、忘れ去られて押し入れの隅で眠っていました。手にして吹いても音が出ない。どうしたら音が出せるようになるのか、夢中になりました。半年後のある時、「ポッ」という音が出たのです。その音が響いた瞬間、自分の心が解放されたような、達成感を覚えています。その後、尺八の稽古(けいこ)に通いますが、実は、母がとても教育熱心で道を決めてしまう人で、尺八は人生で初めて母に懇願して自分で決めたものでした。それだけに本当にうれしかったです。

 坂本さんと同じ東京芸術大に現役合格した。音楽学部邦楽科尺八専攻で入学したのは2人。大学院生を含めても20人ほど。芸大生は英才教育を受けた人ばかりだった。

プロを目指して

── 18歳の単身で札幌から上京して大変だったでしょう?

工藤 周囲が熱心にプロを目指している姿を見て、自分がとてもなれるレベルではないと愕然(がくぜん)としました。改めて自分の甘さを知り、人生で一番懸命に練習しました。そのかいあって、宮中で御前演奏するメンバーに選ばれるなど、先生などにも評価されるようになっていきました。

 ところが、プロになろうと努力している中、大変な事件が起こります。大学院音楽研究科時代に、バイクに乗っていて、自動車との衝突事故に遭いました。全身打撲などで全治5カ月のけがを負ってしまったのです。事故の後遺症で合奏がうまくできないこともありました。学生時代はどうにもならない挫折をたくさん繰り返しながら、あきらめないという気持ちを学びました。

── 大学院修了後は?

工藤 海外からの視点で日本の文化がどのように見えるかを知りたくて、英ロンドンへ行きました。全く知らないところで、自分の尺八がどこまで音楽として通用するものなのかと、まずは路上や地下鉄駅構内で尺八を演奏しました。

 尺八という楽器すら知らない人たちが、立ち止まり、時には演奏が終わるまで聴いていただいた方もいました。また、度胸も付いて大型スーパーに自分で営業をかけて、店舗内のホールで定期的に演奏させていただくなど仕事を作ることも学びました。それがご縁で駐英日本大使館員の方と巡り合い、大使館主催のイベントに出演することになりました。

 ある程度、結果を出したことに自信をつけ、1年後に帰国し演奏活動を再開しました。その後、コンサートで客演として呼ばれるなど、実力を発揮する仕事に恵まれるようになりますが、それよりも尺八でたくさんお金を稼ぐという、ゲーム感覚的な楽しさにとりつかれ、寝る間を惜しんで仕事をしました。本当にこの27〜29歳のころの僕はどうしようもなく、加えて若さもあって友人たちと飲み明かし、睡眠時間は平均3時間でした。

 そんな生活を2年も続けていたものですから、体がボロボロになり、左耳が聞こえなくなってしまったのです。29歳の時、医者にメニエール病と診断されました。

 メニエール病とは、激しい回転性のめまいと難聴・耳鳴りなどの症状を同時に繰り返す症状。個人差はあるものの、激しい発作がトラウマになって外出できなくなる人もいるという。

「吹禅は暗譜して吹きます。悟りについては、まだ分かりません」 撮影=武市公孝
「吹禅は暗譜して吹きます。悟りについては、まだ分かりません」 撮影=武市公孝

── 演奏家にとって難聴はつらい。

工藤 尺八はおろか、普通の生活も送れなくなりました。絶望の中、それでも生きようと、渡英時代に関心を持った韓国・ソウルに行き、日本語教室の教師として働くことにしました。尺八に代わるくらい、楽しく教師の仕事をしていましたが、実際はとてもハード。韓国で働く人たちが時間のある時に通う朝・昼・晩が僕の仕事時間帯ですので、睡眠時間がとれません。少しずつ身体が疲弊して、やむなく帰国しました。

 日本の社会の在り方や仕組みを知りたくて32歳の時に就職しました。世の中は一人では生きていけないと思い社会貢献の気持ちも強く芽生えていましたので、もともと環境に興味があったこともあり、金属系のリサイクルとコンサルティングをしているリーテム(東京)に就職しました。

── 仕事をして体調維持しながら、尺八演奏も?

工藤 転機は2011年でした。東日本大震災と原発事故が発生し、その惨状を知り、どうにか震災で困っている方の力になりたいと、大学の同級生から誘いもあって東京でチャリティー演奏会を開きました。6年以上のブランクがある中で、精いっぱい尺八を演奏しました。大きな拍手をいただけた時、音楽の素晴らしさと感動を思い出しました。改めて尺八演奏家として人生を全うしたいと思った瞬間でした。勤めていた企業を辞めてと思いましたが、「厳しい道だろうから働きながら活動をしてはどうか」という温かい言葉を会社の方からいただきました。

 演奏活動は大学生の時からしていましたが、35歳で本格的に再開しました。今度は、ビジネス思考ではなく、まず、社会や人のために吹ける演奏家になろうと決めました。ブランクを埋めるために、新しい先生に習い、身体の使い方も研究しました。真剣に音と向き合うため、尺八のルーツである「禅」の哲学、呼吸法も極めようと思いました。その影響で禅のまち、鎌倉から吹禅(すいぜん)を広める決意をしました。

 諸説あるが、尺八本来の演奏は吹禅といわれる。禅の修行で「座禅」と「吹禅」などがあるとされ、江戸時代に禅宗の一つ、普化宗(ふけしゅう)の禅僧が演奏したといわれる。中国の唐時代の臨済宗の開祖である臨済義玄(ぎげん)と交流があったといわれる禅僧の普化を祖とする。普化宗は尺八を吹きながら旅をする虚無僧(こむそう)でも知られる。

── 尺八は禅に通じているのですね。

工藤 尺八の音は、無音→噪音(そうおん)(雑味のようなノイズ)→有音(ゆうおん)(響きのある音)→余韻(空間に溶け込むような音)→無音──という基本的吹き方があり、人生のように始まりがあれば、終わりがあることを表しています。

 また、尺八の曲はあご使い、指使いによって「陰」「陽」の音、「弱」「強」の相反する関係性を絶妙に調和させています。西洋的な価値観は「良い」「悪い」という二元論ですが、禅の価値観はそうした区分けはなく、一つの「空(くう)」という世界です。さらに、吹禅には一音成仏(いっとんじょうぶつ)という思想があり、簡単にいうと自分も他人もないということだと思います。

 悟りとは何なのか。それは私には、まだ分かりません。ただ、吹禅は暗譜をして吹きます。そうすると、無心の状態に入り、身体も空間も一体になる瞬間があります。自分にとっては、それが「空」なのかなと思う時があります。

竹の命を奪うことから

里山の竹林で自ら竹を採って尺八を作る 本人提供
里山の竹林で自ら竹を採って尺八を作る 本人提供

── 尺八は自分で作るものですか。

工藤 作る人はいますが、竹を採る人は少ないです。尺八は大きく二つの作り方があります。一般の方がよく耳にする尺八は内側に漆を塗っている「地(じ)あり尺八」です。凜(りん)とした音で、とてもきれいでかつ迫力のある音です。

 もう一つは「地無(じな)し尺八」といい、江戸時代と同じ製法で漆を塗らず、節も一部残すなどして響きを調整していきます。不完全であるからこそ、味わい深く、心に染み入る響きがあるといわれます。吹禅はこの地無し尺八を使います。僕が竹を採るところからしているのは、竹という命を奪うことで育まれる心があるからです。尺八用に使う場合は3年以上寝かせるのでそうした思いも一層強くなります。

 竹採りは環境活動の一つとして、神奈川県小田原市の里山で、耕作しなくなった畑などに竹林が入り込んできてしまう「竹害」から守る活動もしていて、間伐をしながら一部を尺八の素材として活用しています。

── 具体的な音楽活動は?

工藤 今は尺八本来の曲、古典本曲と自分なりの観点で作った独奏曲を奏する「禅の響─ZEN no OTO─」という企画をしています。演奏以外にも、竹の採り方、尺八の作り方、呼吸法のワークショップを開いています。もちろん、尺八も教えています。また、禅と環境という視点で講演もしています。言葉だけでは伝わらないこともあり、今年は音楽で環境への思いをもっと知ってもらえるように、作曲、アート活動にも力を入れていきます。

 尺八を教える時は、技術はもちろんですが、一人一人の心と寄り添うようにしています。より良い音は心と身体のバランスが自然体でいる時に発揮できると知ったからです。そしてもう一つ。竹採りの残酷を知ると命への尊さが生まれます。その尊さは、呼吸一つ一つの大切さを教えてくれます。

 人間は1日に2万7000回呼吸をしているといわれています。もしその呼吸全てを大切にできたなら、きっと他者の2万7000回も大切に思えるのではないでしょうか。そしてもっとその心を広げて、生物の多様性、地球環境への配慮につなげてほしいと願っています。僕は尺八を通してそうした心を育んでいきたいのです。


 ●プロフィール●

工藤煉山(くどう・れんざん)

 1976年、札幌市出身。2001年に東京芸術大学大学院音楽研究科修了。里山の竹林で採った竹で尺八を作り、演奏。神奈川県鎌倉市の円覚寺伝宗庵(えんがくじでんしゅうあん)などで尺八を教えている。サイトは「禅の響(おと)」(https://www.lenzankudo.com/)。45歳。

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