教養・歴史書評

変化・複雑化する国境。その力学と今後の世界像を読む=評者・井堀利宏

『新しい国境 新しい地政学』 評者・井堀利宏

著者 クラウス・ドッズ(ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校教授) 訳者 町田敦夫 東洋経済新報社 2860円

相互依存+自国ファーストで複雑化する国際関係を分析

 グローバル化する世界で人・もの・カネが容易に移動できるようになり、国家間の相互依存が強くなって、領土をめぐる対立・紛争も激化してきた。国と国の境界を決める国境は国家の存立に不可欠な要件であるが、その定義はますます曖昧になってきた。本書は古くて新しい国境というキーワードを用いて、国家間でのさまざまな相克の原因を説明するとともに、歴史的な経緯を踏まえて、紛争の懸念を具体例で紹介する。

 日本の場合は島国だから、尖閣諸島や竹島など、中国や韓国との係争地を除けば、国境を画定することは容易である。しかし、陸続きの国同士の場合、山や川などの自然環境で国境を画定しても、それが災害や氷河の崩壊などで動くこともある。また、気候変動で海面が上昇すれば、陸地が消失して存亡の危機に直面する島の国々もある。さらに、戦争の主要な原因は領土争いだから、その結果次第で国境は変化する。

 ところで、南極、北極などの極地や広大な海の資源、さらには、宇宙での利用・支配権など、通常の国家の範囲を超えた場所で国境を定義することは困難であり、それ故に大国間の利害対立も深刻化する。本書は、このように自然現象や人為的要因で「動き得る」国境を念頭に、世界各地の国際紛争の原因を解説することで、国境にまつわる地政学リスクを浮き彫りにしている。

 また、コロナ危機では国境管理が重要となる。多くの国で国境をまたぐ人の移動を制限し、デジタル情報を駆使して個人の健康履歴を識別し、感染リスクの高い国籍の人を差別するなど、「ウイルス・ナショナリズム」が蔓延(まんえん)した。本来、国境を越えるウイルス感染を一国だけで抑止できないパンデミックには、グローバルな国際協力が不可欠であるが、自国ファーストの国家間で利害を調整するのは難しい。ワクチン供給でも、先進諸国で3回目のブースター接種が盛んになる一方で、1回目の接種ですら不十分な途上国も多い。

 本書は国境紛争の将来を四つの類型(監視などの認識能力の強化、過去の遺恨、私有地化、移民による国境への反動)で展望し、いずれの視点でも国境対立が深刻化すると予想する。グローバルな問題に自国の利害を超えて協力するのは理想だが、現実にはハードルが高い。それでも、昨年は国家主権の基幹をなす課税権をめぐる交渉の末、多国籍企業への国際課税問題でグローバルな妥協案が成立した。国境問題についても、各国が自制心を発揮し、より良い次善の解を模索する試みが期待される。

(井堀利宏・政策研究大学院大学特別教授)


 Klaus Dodds 地政学に関する英国の第一人者であり、グローバルな地政学、環境安全保障の専門家。邦訳されている著作に『地政学とは何か』(NTT出版)がある。

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