教養・歴史書評

コロナ以降、多領域で移動が頻発。もはや「定住」は常態でなくなる=評者・上川孝夫

『グローバリゼーション 移動から現代を読みとく』 評者・上川孝夫

著者 伊豫谷登士翁(一橋大学名誉教授) ちくま新書 1012円

政治や法、文化までも国境移動 「定住」が常態でなくなる世界

 新型コロナウイルスの世界的流行は、都市のロックダウンや国境閉鎖を招き、観光やビジネス、留学など人の移動を大きく制限した。人々の生活様式から価値観までも変えるような変化で、改めて「人の移動とは何か」を考えさせられる。本書はこの問いに真正面から切り込んだ意欲的な書物だ。

 グローバリゼーションは、モノやカネや情報とともに、人の国境を越える移動を指すが、それだけではない。政治や法、文化や社会など、広範な領域で国境を越える諸事象が急激に拡大しており、時代を画する質的な転換を意味している。今回の移動制限で崩壊するようなものではなく、問うべきは、ウィズ・コロナならぬ「ウィズ・グローバリゼーション」だという。

 コロナ禍が浮き彫りにしたのは、グローバリゼーションがいかに深くナショナルな領域に浸透しているかということだ。人の移動制限が、モノの移動制限に発展し、サプライチェーン(供給網)を寸断した。エッセンシャルワークも例外ではない。家事労働や介護労働を移民に依存する国では、感染対策としての移民規制により、社会的な混乱が起きた。生活や生命の維持という領域にまで、グローバリゼーションの影響は及んでいる。

 翻って日本は「非移民国」といわれるが、それは神話にすぎない。公式には移民を認めていないものの、いまや多くの外国人が居住する。歴史を見ても、第二次大戦前にはアジアへの大量の移民の送り出し策があったし、1980年代には外国人労働者の受け入れ論議があり、近年は労働をはじめ、多様な目的を持つ外国人に出会う。著者はこの日本の状況を、グローバルな移民状況の一断面であると指摘する。

 欧米諸国の動向は参考になる。移民や難民をめぐる議論は、人権思想、多文化主義、第二次大戦期の人種差別に対する反省など、幅広い視点から行われている。しかし理念と現実との乖離(かいり)も大きく、民主主義が絶えず試される。また現代は世界の境界そのものが揺らいでおり、新たな移動を生み出す時代に入っていることに注目する。移民排斥の動きなどもあるが、著者はこれを「国民国家という共同性の溶解」と表現する。

 現代は人々がどこか定まった場所に住まうことが、常態ではなくなりつつある時代だという。このことは「定住」を暗黙の前提としてきた知の枠組みを問い直し、社会を見直すことにつながる。今後の移動をも展望した好著である。

(上川孝夫・横浜国立大学名誉教授)


 伊豫谷登士翁(いよたに・としお) 1947年生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。東京外国語大学教授、一橋大学大学院社会学研究科教授などを経て現職。著書に『変貌する世界都市』などがある。

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