教養・歴史書評

海外では魯迅と並び称される知名度、張愛玲=辻 康吾

中国 中国女性作家の運命

 香港映画「傾城の恋」(1984年)の原作者・張愛玲(英語名アイリーン・チャン)は、中華圏はもとより、海外でもときに魯迅と並び称される中国人作家の一人だ。1920年生まれ、95年没。かつて彼女の活躍の舞台だった上海などで昨年になって張愛玲の「生誕100年」と銘打った座談会が開かれるなど、約10年前台湾で話題となった「生誕90年」に続き、今回は中国での張愛玲ブームだったようだ。

 座談会のパネラーも務めた華東師範大学の中国文学研究員陳子善(ちんしぜん)は、豊富な研究業績があり張愛玲研究の第一人者といってよいだろう。6年前の『張愛玲叢考』を経て、昨年新たに刊行された『不為人知的張愛玲』(『誰も知らない張愛玲』、商務印書館)は、タイトルのとおり、これまで知られていなかった張愛玲に関する新資料を掘り起こし、丹念に検証した作品だ。

 いまでこそ、中国の文学愛好家の間で「張迷」(張愛玲ファン)は珍しくないし、現代中国文学研究のジャンルでも学位論文のテーマに張愛玲はしばしば取り上げられてはいる。だが、張愛玲本人は中国共産党の文芸路線に迎合せず、1952年に上海を離れて英領下の香港に移った。そんなことで革命後の中国で張愛玲とその作品は長らく無視されてきた。中国文壇でその名が復権したのは、鄧小平時代の80年代以降のこと。それも、当初は旧作の複製版が限られた「内部出版」として国内読者の目に触れる程度だった。それだけに公然とその名が語られる「生誕100年」の盛況は隔世の感がある。

 上海の女流文壇には、晩年に中国作家協会の副主席を務めた丁玲(ていれい)(1904〜86年)や、詩人としては一時人気を集めた関露(かんろ)(1907〜82年)らがいる。左翼作家出身だった丁玲と関露は共産党員でもあり、中国にとどまったが、50年代に丁玲は「右派」のレッテルを貼られてパージされ、関露は党の指示で行ったはずの戦時中の情報工作を理由に逮捕投獄されるなど苦労を重ね、作品も発表できなかった。それと比べ1955年、中国大陸を離れ、米ロサンゼルスで亡くなるまで自由を謳歌した張愛玲は個人としても、作家としても、正しい選択をしたように思えてならない。

(辻康吾・元獨協大学教授)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

7月12日号

止まらないインフレ 資源ショック20 衝撃は石油危機に匹敵 「資源小国」日本の正念場 ■荒木 涼子/和田 肇24 原油の行方 2次制裁発動なら記録的高騰へ ■原田 大輔27 中国・インド “ロシアに冷淡”な資源輸入国 ■和田 肇29 戦略物資 EVや再エネの普及に必須の「銅」 ■片瀬 裕文30 天然 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事