教養・歴史書評

コロナ対策の「失敗の本質」、繰り返される「失われた10年」=評者・田代秀敏

『コロナ政策の費用対効果』 評者・田代秀敏

著者 原田泰(名古屋商科大学ビジネススクール教授) ちくま新書 946円

コロナ対策の「失敗の本質」 繰り返される「失われた10年」

 政府は2020年度にコロナ対策予算に77兆円を支出したが、名目GDP(国内総生産)は22兆円減少した。この合計99兆円が100年に1度のパンデミックによる経済的損失の規模であったと著者は計算する。

 新型コロナ感染症用の病床確保に1床当たり2億円が、感染者1人当たり1659万円が支出されたように、「コロナ予算を目的別に見ると、あまりにも大きな無駄がある」。

 著者が指摘する通り「より効果的に人々の命を救い、経済の犠牲を少なくする方法はあったはずである」。

 その「方法」を、経済学の費用・便益分析を応用して、数量的に議論するのが本書の目的である。

 日本のコロナ対策が、感染者の濃厚接触者を電話で追跡して隔離するローテクなクラスター対策に固執し、ハイテクな大規模PCR検査をかたくなに拒否した揚げ句に、緊急事態宣言を繰り返したのは、日本の「行政は権限で仕事をするもので、費用と効果を考えてするものではない」からだと著者は説明する。

「デジタル敗戦」を象徴する接触確認アプリCOCOAの失敗は、デジタルが分からないからではなく、デジタルで何をしなければならないかを理解していないから起きたと著者は喝破し、「より一般的に言えば、政府のコロナ対策において目的の一致がなかった」 と一刀両断する。

「大雑把でも様々な政策の数量的効果を考え、全体として感染と経済悪化の最小化を考えるしかない」のに、「官邸官僚は、一般的な戦略を立てるより、アベノマスクとか学校の一斉休校とかの個別政策を考えていたようだ。戦略よりも個別政策で手柄を立てることに関心があった」ことで日本軍の「失敗の本質」を再現してしまっている構図を、著者は鮮やかに描き出していく。

 ケインズ主義とは危機を何としても克服するためにあらゆる手段を動員しようという考えであるのなら、「日本の政治と官僚には、ケインズの精神が欠けていた」。

 その結果、「コロナショックによって、日本企業の、現預金があれば潰れなくてすむという信念は、さらに強化され」てしまい、コロナ禍が収まっても企業は貯蓄しても投資せず、銀行は国債を買うしかなく、低金利が続いて財政赤字は維持され、「失われた10年」が繰り返されることになると著者は展望する。

 感染症に限らないあらゆる大規模な問題にどう対処すべきかのヒントが本書には豊富にある。著者が述べる通り「未来のために後知恵を使わないのはもったいない」。

(田代秀敏 シグマ・キャピタル代表取締役社長チーフエコノミスト)


 原田泰(はらだ・ゆたか) 1950年生まれ。東京大学農学部農業経済学科卒。学習院大学博士(経済学)。経済企画庁国民生活調査課長、日本銀行政策委員会審議委員などを経て現職。『日本の失われた十年』はじめ著書多数。

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