販売方法+「読まれ方」の仕掛けも巧みな米の書籍マーケティング=冷泉彰彦
アメリカ 最新マーケティングとベストセラー小説
紙版書籍が主流の時代、アメリカの書籍マーケティングの場はリアルな場であった。著者は全米ツアーを行って講演とサイン会を行う、またテレビ番組などに出演して本の紹介を行うことも重要とされた。やがて、ネットやSNSが普及する中で、ブッククラブという書評の場、あるいはツイッターによる口コミなどが重要なツールとなっていった。
現在はさらに様相が変わってきている。まず、若い世代にはタブレットでの読書が定着している。本好きの間では、Kindleの「モノクロ端末(ペーパーホワイト)」が普及している。そんな中で、2022年に入って、アマゾンの「最も売れた本、フィクション部門」で1位をキープしているコリーン・フーヴァーの「あの人の面影(“Reminders of Him”)」は、新しい時代の手法で作られたベストセラーと言える。
本書の内容は、ミステリー仕立てのロマンスというカテゴリーになるが、刑期を終えて出てきた女性主人公が、社会的な非難を克服して引き裂かれた娘を取り戻せるかという、かなりシリアスな初期設定になっている。いわば困難な状況から主人公が脱出できるかどうかに感情移入を強いられるRPG的なストーリーだ。緻密に設計されたエンタメであり、文章はそれなりに練られている。
数年前からベストセラーを連発して固定読者層を獲得しているフーヴァーだが、この層をTiktok上の読者コミュニティーとして構築し、その拡散効果が今回の大ヒットにつながった。また、新刊としては異例の「読み放題」対象とすることで、多くの読者を呼び込んでいる。加えて、声優を起用した朗読版は、オーディオブックの「オーディブル」と提携して強力なマーケティングが展開されている。
つまり、販売方法を工夫するだけではなく、読まれ方について「電子版の販売」「読み放題客の誘導」「オーディオブック」の3種類を狙いつつ、SNSのコミュニティーを通じて全体を統合、コリーン・フーヴァーという著者名をブランドとして売り込んでいるのだ。ちなみに、フーヴァー自身は「作家と呼ばれるのにはプレッシャーを感じる」としてあくまで「ライター」を自称しているのも当世風である。
(冷泉彰彦・在米作家)
この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。