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教養・歴史 書評

『新しい世界の資源地図 エネルギー・気候変動・国家の衝突』=評者・藤好陽太郎

著者 ダニエル・ヤーギン(経済アナリスト) 東洋経済新報社 3520円 評者・藤好陽太郎

エネルギー覇権の推移背景に世界秩序の変化を読み解く

 OPEC(石油輸出国機構)の盟主・サウジアラビアは、激しく動く原油価格やエネルギーをめぐる地政学に大きな影響を与えてきた。米政府高官は2003年、原油の確保と引き換えにサウジに事実上の安全保障を与えていると評者に解説したことがある。中東の原油に頼っていた米国にとって、原油が死活問題であったことがうかがえる。

 著者はエネルギー問題の第一人者で、1991年の著書『石油の世紀』で、石油がもたらす富と力を求める世界の激烈な争いを記した。本書では逆に「安全保障や地政学と密接に結びついてきたエネルギーの役割」は変わると予想する。それは、例えばサウジがハイテク国家への転換を目指していることに表れている。

 背景には米国のシェールの発見がある。米国は今や産油量で世界1位となり、サウジ、ロシアと並ぶエネルギーの「ビッグスリー」にのし上がった。このためサウジは石油が体制保障にならないと懸念し、石油依存からの脱却を図っているのである。

 もう一つの資源大国ロシアは2014年にクリミアを併合したが、西側から制裁を受け、北極圏のヤマル半島の巨大なガス田開発は行き詰まった。巨額の資金を出したのは中国で、ロシアは北極海のLNG(液化天然ガス)航路を切り開いた。

 中国の毛沢東はかつて旧ソ連を「背教者、ごろつき、二枚舌」とこき下ろした。現在ロシアは中国にとって最大の原油供給国である。

 資源獲得だけではない。ロシアは数年前、北極点の海底にチタン製のロシア国旗を立て、自国領土と言わんばかりの行動に出た。著者はプーチン露大統領は20年以上にわたり旧ソ連諸国を再び支配下に置き、ロシアを世界の超大国として復活させ、米国を押し返す壮大な国際的事業に取り組んできたと鋭く指摘する。

 既存エネルギーの地位をおびやかすもう一つの柱は、気候変動の深刻化を背景にした再生可能エネルギーや電気自動車の台頭である。それでも中国やインドは石炭火力が主流であり、世界の電気自動車の割合は2050年でも5割にとどまりそう。鉱物資源の争奪戦など移行期の混乱も予想され、先行きは見えづらい。

 シェールガスの探査は当初「金をドブに捨てるようなもの」と言われた。これを変えたのは、字が読めないギリシャからの米国移民の息子から始まった技術革新である。個人のストーリーや国家間の凄絶な争いを描くと同時に、分断が進む世界秩序の変貌も明らかにし、資源の未来図を探る著者会心の大著である。

(藤好陽太郎・追手門学院大学教授)


 Daniel Yergin エネルギー問題の世界的な第一人者として知られ、1992年に『石油の世紀』でピュリツァー賞受賞。また世界的な情報調査会社・IHSマークイットの副会長も務めている。

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