新自由主義経済学は、現実には巨大資本の独占を支えるばかりである=評者・服部茂幸
『世界を貧困に導く ウォール街を超える悪魔』 評者・服部茂幸
著者 ニコラス・シャクソン(ジャーナリスト) 訳者 平田光美、平田完一郎 ダイヤモンド社 2420円
巨大企業の独占を支える新自由主義経済学を批判
資源の呪いという言葉がある。鉱物資源が豊富な国でも、その資源は詐欺師のような人間が独占することが多い。資源の支配を巡って、戦争も起きる。こうして資源の豊かな国は貧しくなる。本書では、その例としてアンゴラを挙げている。
これにならって、金融の呪いを説くのが本書である。ここで言う金融の呪いとは、企業が独占的な行動や、不正な取引などによって利益を得ることを意味する。製造業の企業でも、製品だけでなく、カネも生産している。金融の呪いは、カネの呪いとも言い換えることもできるだろう。また不正な取引も違法なものに限らない。反対に、タックスヘイブン(租税回避地)を利用して、「合法的」に税金を節約することは本書の中心的な話の一つである。
こうした活動を理論的に正当化しているのが、新自由主義の経済学だと本書は批判する。新自由主義は理論的には市場における自由な競争を擁護する。けれども、現実世界で行われていることは巨大企業の独占を作り出すことだと批判する。普通の国民が従っている法律がグローバルエリートには適応されず、法の支配が形骸化しているとも言う。
現在、各国は競争力を強化し、資本を呼び込むためとして、法人税の減税競争などを行っている。けれども、こうした底辺への競争は「自己窮乏化」だと言う。そもそも、企業は安い税金を歓迎しても、それだけの理由では移転しないとも言う。
民間的な手法を導入するとして、政府機能の「民営化」も行われている。けれども、「民営化」は逆に旧ソ連の中央計画に見られるような間違った報酬システムを作ると批判する。民間に仕事を任せることによって、無能、硬直的、無責任という国家の欠陥がさらに強化される。分かりやすい例がアベノマスクだろう。
新自由主義は通常、アダム・スミスの経済学の継承者だと自認しているだろう。けれども、スミスが『諸国民の富』で訴えたことは、一国の富はカネではないということと、独占に対する批判だった。
その他に、軍事の呪い、帝国の呪いもあるだろう。現在、資源、金融、軍事、帝国の呪いの四重苦を受けているのが世界有数の資源大国であるロシアだろう。ウクライナとの戦争がどのように終わるのかは筆者には予想もつかないが、ロシアの国とほとんどの国民が戦争から得るものはないだろう。
思えば、敗戦によって軍事と帝国の呪いから解放されたことは、戦後日本にとっては幸いだった。
(服部茂幸・同志社大学教授)
Nicholas Shaxson イギリス人。タックスヘイブンや資源問題を中心に『フィナンシャル・タイムズ』紙、『エコノミスト』誌などに寄稿している。『タックスヘイブンの闇』などの著書がある。