トランプ政権時代の司法長官が記した回顧録に賛否両論=冷泉彰彦
アメリカ トランプ氏支えた司法長官の回顧録に賛否両論
トランプ政権後期に司法長官を務めたウィリアム・バー氏の回顧録『難題に次ぐ難題 ある司法長官の回顧録(“One Damn Thing after Another: Memoirs of an Attorney General”)』が話題になっている。
バー氏は、大統領選での敗北が決定し、2021年1月で任期が切れるトランプ政権の閣僚の地位を、20年12月末に辞任している。このことから、今回の回顧録については、トランプ氏への批判を込めた暴露本ではないかという期待があった。
だが、実際の本書は必ずしもトランプ批判の書ではない。バー氏は、トランプ政権は成功した保守政権という評価を下している。トランプ氏は、選挙資金を提供する富裕層には減税と株高という見返りを提供し、社会保守派には保守的な判事を最高裁に送り込むことで期待に応えた。同時にブルーカラー層にはアンチ・エリートのヒーローとして歓迎された。こんな芸当はトランプ氏にしかできないと言うのである。
バー氏といえば、ベトナム戦争当時の学生時代から共和党支持で一貫してきた筋金入りの保守派であり、本書でも触れているようにブッシュ(父)政権の司法長官時代にはレーガン政権の汚職事件の処理という「汚れ役」も経験している。そんなバー氏の主張は、共和党を代表する声として読者には受け止められている。
そのバー氏は、20年11月の選挙で負けたにもかかわらず敗北を認めず、支持者を扇動した結果として21年1月6日の議事堂における暴動事件を引き起こしたという経緯には、トランプ氏の欠点が表れているとしている。この点については、自分は支持できないので辞任したという。
つまりバー氏としては、選挙に敗北後のトランプ氏は否定するが、その政策は評価しているというのだ。加えて、筋金入りの保守の立場から、BLM(黒人差別撤廃)運動や環境問題など、リベラルの主張を全体主義的で危険なものとして断罪している。一方で、24年の大統領選については、トランプ氏が候補に指名されたら投票すると言いながらも、若手で有望な候補が登場することを願っているとも言っている。この絶妙な立ち位置が、いまだにトランプ氏の影響力に嫌々、支配されている穏健な共和党支持者の心に響いたようである。
(冷泉彰彦・在米作家)
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