教養・歴史書評

危機に瀕する民主主義、資本主義に対し、定常型経済の必要を説く=評者・井堀利宏

『資本主義・デモクラシー・エコロジー 危機の時代の「突破口」を求めて』 評者・井堀利宏

著者 千葉眞 国際基督教大学名誉教授 筑摩選書 1980円

富の独占、格差、環境破壊…… 幸福の回復へ政治哲学の模索

 現代社会は未曽有の危機を迎えている。自由民主主義体制は機能不全に陥っているし、新自由主義の名の下で巨大金融資本が富を独占して格差社会が進行し、地球規模での環境破壊や気候変動も深刻化している。新自由主義的な経済政策・公共政策は、大企業優先、富裕層優先であり、代表制も市民参加も社会福祉も低下の一途をたどっている。

 本書はこうした危機認識に立って、危機の時代を突破する手がかりを政治哲学の立場で模索する。そして、ポスト資本主義の成り行きは不透明であり、人類が克服すべき課題が多いことを説得的に示す。

 近代資本主義がその起源とプロセスにおいて多少なりとも保持していた公共性と人々の幸福を回復させることが重要であり、ソ連崩壊で見捨てられてきたマルクス主義や社会主義を再評価する価値があるという。

 最後の補論では、シュンペーターの「創造的破壊」を取り上げて、「資本主義はその成功故(ゆえ)にグローバル金融資本主義の君臨を招き、文化と経済を破滅に追い込む」という彼の予言通りになったと主張する。環境破壊、気候変動への対応では、持続可能な発展(グリーンニューディール)よりも、経済成長に固執せず生活の質の向上と社会の改善を目指す定常型経済、脱成長が望ましいとする。

 自由民主主義と資本主義経済は深刻な課題に直面している。多様な好みや所得格差のある社会で、民主主義の合意形成は難しいし、市場経済は万能ではない。「大不況=恐慌」や新型コロナウイルス感染拡大による危機のような非常時への対応で代表民主主義はうまくいかず、独裁専制政治の方が有効かもしれない。

 ただし、有能でない独裁の国家は、非常時に独善の政策を実行するから、国民にとっては悲惨である。独裁者は失敗の責任を外国になすりつけようとし、独裁者の暴走が止まらなければ、ロシアのプーチン大統領がウクライナを侵略したように、「最悪の事態=戦争」になってしまう。

 本書は金融資本やIT企業が巨大化している現状だけでなく、新古典派の標準的な経済学にも厳しい批判を浴びせている。それらの批判には鋭い指摘も多く、一般読者のみならず経済学者も参考になる。

 本書の指摘は厳しいが、それでも最近の政治経済学や行動経済学はグローバル経済の相克や地球環境危機などに対処すべく、着実な研究成果を上げていると筆者は考える。それらの成果を通して、民主主義と市場経済のメリットが多くの人に再評価される可能性は十分にあるだろう。

(井堀利宏・政策研究大学院大学特別教授)


 千葉眞(ちば・しん) 1949年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。プリンストン神学大学でPh.D.(政治倫理学)取得。西欧政治思想史、政治理論が専門。著書に『連邦主義とコスモポリタニズム』など。

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