教養・歴史書評

中国 古物(こぶつ)に霊(たましい)あり。故宮物語=辻康吾

中国 古物(こぶつ)に霊(たましい)あり 故宮物語

 ウクライナ紛争を頂点に国際情勢は緊張を極め、かつて大陸の中国人が押しかけた台北郊外の故宮博物院にもその姿はない。だが、中華料理の東坡肉(トンポーロー)そっくりの玉製「肉形石」、ミニチュアの白菜そっくりの「翠玉白菜」など、中国の伝統美術の粋を集めた故宮博物院は中国人の誇りである。

 ところで、故宮博物院を名乗る博物館が二つ、いや厳密には三つあることはあまり知られていない。一つは言うまでもなく中華世界の中心・北京の故宮の一角である。二つ目はかつての日中戦争の時期、戦火を避けて多くの宝物が四川省などに疎開、さらに国民党とともに台北に運ばれ、国立故宮博物院となった。そして三つ目は、中国最後の王朝で満州族出身の地である瀋陽にある故宮でここも世界遺産に登録されている。

 清朝の朝廷が北京に移った後も歴代皇帝には故郷であり、避暑地として度々訪れ、愛着の深い美術品の逸品を手元に運ばせた。清朝没落後、一部の収蔵品は散逸したが、満州族の特徴を残す建築物を含め今なお高い歴史的、芸術的価値を誇ってはいる。

 瀋陽故宮が地味な存在に見えるのもこうした経緯があってのことで、一般人の大多数は北京と台北の故宮を訪れるが瀋陽故宮の存在はほとんど知られていなかった。だが知る人ぞ知るというべきか、長らく瀋陽故宮の研究を続けてきた人々がいる。王春宝主編『金玉満堂 瀋陽故宮典蔵清代宮廷珍品』(2021年、山東美術出版社)はその研究成果の一冊で、中国国内で開かれた瀋陽故宮の特別展覧会に出品された300点近い文物を収録している。素人が良しあしを述べても仕方ないものの、皇帝自らが選び身辺に置かせたものとされるだけに、とりわけ価値は高いものであろう。

 故宮の所蔵品を頂点に中国の文物をめぐる話題は限りないが、革命、内乱、戦争など数々の危機を逃れ今に伝えられてきた文物については昔から「古物に霊あり」という言葉で、その不思議な力が強調されることがある。メソポタミア、エジプト、ギリシャ、ローマをあげるまでもなく、優れた芸術品には民族や政権、国家の興亡を超えた不思議な力があるようだ。

(辻康吾・元獨協大学教授)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。

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