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週刊エコノミスト Online ロングインタビュー情熱人

田舎で実践する価値あるものづくり 渡邉格 パン・ビール職人/28

妻・麻里子さんと(鳥取県智頭町)。2人の名を組み合わせた店名が示す通り、二人三脚で切り盛りしてきた 撮影=浜田健太郎
妻・麻里子さんと(鳥取県智頭町)。2人の名を組み合わせた店名が示す通り、二人三脚で切り盛りしてきた 撮影=浜田健太郎

 天然酵母と国産素材を使ったパンとビールを求めて、日本各地からファンが訪れる。時間をかけて丁寧に作り適正な価格を付けて売る営みは、「速くて大きい」ことを是とする資本主義経済にあらがう哲学の実践でもある。

(聞き手=浜田健太郎・編集部)

「大手パンメーカーがまねできない製法を見いだした」

「貨幣経済を以前は否定していた。いまは立ち向かおうと考えている」

── ここ鳥取県智頭町は人口約6500人、面積の92%は森林が占める典型的な過疎の町です。それでも日本各地から多くのパン愛好家がわざわざ来ると聞きます。

渡邉 鳥取県内だけでなく岡山や大阪、兵庫、京都からが多いですね。智頭駅からタクシーで乗り付ける人は東京からだったりします。新型コロナウイルスの感染拡大以前は、韓国からも多く来店していました。(情熱人)

── 2013年に出版した著書『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』が韓国で有名になったようですね。

渡邉 日本で出した後に韓国語版を出して、先に韓国で売れました。当時財閥幹部の子女が、空港やソウル中心街に相次いで出店して、零細なパン屋を潰していったことが社会問題化したのです。そんな時に、マルクスの『資本論』に触発されて、日本の田舎で開業したパン屋があるということが話題となり、『腐る経済』がベストセラーになりました。それが逆輸入される形で日本でも本が売れるようになったのです。

── コロナ禍の営業への影響は。

渡邉 大変でした。売り上げだと4割程度に減ったのではないでしょうか。土曜と日曜に1日当たり20万円程度あった売り上げが8万円くらいに、平日で8万~9万円だったのが3万円とかひどい日だと3000円に下がってしまいました。対策として、「サポーター制度」を立ち上げました。「1年間、パンとビールを送るので、最初に代金を振り込んでください」と呼びかけて、150人限定で募ったところ、1週間で埋まりました。

── コロナは3年目で長期化しています。

渡邉 2年目は、サポーター制度だけでは十分ではなかったです。緊急事態宣言が出たり解除されたりで、来店客が読めなくなりました。そこで、余ったパンを救ってほしいという願いから、「パン・レスキュー制度」の賛同者を募り、約1100人に登録してもらいました。店頭で3000円しか売れないときにも、余った5万円分のパンを配送することで、なんとかこの2年は乗り越えてきました。

── パンは約20種類のようですが、価格帯や味の特徴は。

渡邉 500円から2000円くらいでしょうか。安全な素材を使って、付加価値の高いパンを作っているという自負はあります。味は、食べる人の主観によるでしょうから、どう捉えてもらっても構いません。濃い味で強烈なインパクトがある味ではありません。ただ、食べ続けられるパンだとは言えると思います。食べ過ぎても気持ち悪くならないパンと言えます。薄味で米に近いですね。

江戸時代に似た環境

── 天然酵母と国産素材によるパンを作って売る「タルマーリー」を08年、千葉県いすみ市で開業し、東日本大震災を契機に12年に岡山県真庭市に移転し、15年には智頭町に移って営業しています。まず、なぜ岡山だったのでしょうか。

渡邉 パン職人を志す以前ですが、父親の仕事に付いてハンガリーで暮らしたときに出会った友人がその後、白血病で亡くなったのです。1986年に起きたチェルノブイリ原発事故の影響でしょう。11年3月に福島で原発事故が起きた時に記憶がよみがえりました。私たち夫婦と2人の子どもたちが被ばくする人生を送りたくないと考えました。

── そこで西日本が選択肢になったと。

渡邉 パン作りに必要な菌について深掘りをしたいと考えたことも理由です。いすみにいた当時から、酵母菌は空中から採取していましたが、麹菌だけはどうしても採取できなかったのです。なぜだろうと考え、人間…

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