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「“見世物”にはしない」 映画「流浪の月」の李相日監督が語る「表現者」としての信念

「(自分の中の)違和感を積み重ねていくのが表現の一種だと思っています」 撮影=蘆田剛
「(自分の中の)違和感を積み重ねていくのが表現の一種だと思っています」 撮影=蘆田剛

映画「流浪の月」公開へ 李相日 映画監督/29

 元誘拐犯とその被害者の関係性を描いた、李相日監督の6年ぶりの新作映画「流浪の月」が、5月13日に封切られる。直近の長編映画3作とは異質の優しさが感じられる本作に込めた思いを聞いた。

(聞き手=りんたいこ・ライター)

「生きる支えとして必要な存在を肯定したかった」

「韓国映画には世界への発信源になるすごさはあるが、日本映画にも特有の情緒はちゃんと残っている」

── 映画「流浪の月」の原作は凪良ゆうさんの同名小説(東京創元社)です。19歳の青年が10歳の少女を誘拐し、青年が逮捕・有罪となって服役した後、2人が15年後に偶然再会するというストーリーですが、どこに引かれたのでしょう。

李 この2人のような関係性が、あってほしいと思ったのです。恋愛感情もなければ性的関係もない。親子でも、友人でもない。でも、生きる支えとして必要な存在。そういう、ややもすれば寓話(ぐうわ)的に見える、純粋で真っすぐで、魂と魂のつながった2人の関係性があるとするなら、そこは全力で肯定する映画にしたいと思いました。(情熱人)

── この2人の関係性を描くのは非常に難しいのではと思っていましたが、実際は2人に寄り添った優しい映画でした。

李 優しいと感じられたのは、原作によるところが大きい気がします。もちろん、(世間の2人に対するネットでの中傷など)映画の中で提示すべき問題点はありますが、それは社会問題としてではなく、あの2人を批判する人たちの心の問題として捉えたかった。ですから、今のネット社会に取り立てて警鐘を鳴らすことは意識しませんでした。

 というのも、今まさに誰もがその渦中にいる。その中には自分の常識が間違いないと固く信じて、その規範から外れた人を批判する人もいれば、それを見て、聞いて、違和感を覚える人もいる。あるいは当事者として非常に苦しむ人がいる。それぞれの個人としての立場が、今回の登場人物たちに反映できれば、そこからあぶり出されるものがあるのではないかと思ったからです。

── 2人を中傷する人たちすら否定していませんね。

李 これは裁判ではないから、僕自身は(善悪を)判断する立場にない。それは見た人が自分の物差しで測っていくしかない。もちろんそういう(誹謗(ひぼう)中傷する)考え方には、僕自身、違和感は抱いていますが、その違和感を積み重ねていくのが、表現の一種だと思っています。

“見世物”にしない

 映画「流浪の月」では、事件の被害者、家内更紗(かないさらさ)を広瀬すずさんが、元誘拐犯の佐伯文(さえきふみ)を松坂桃李さんが演じる。事件当時、誘拐後の2カ月を共に過ごす中で、かけがえのない絆を培った2人。しかし世間は「被害にあった小学生」と「ロリコン大学生」という“真実”とは違うレッテルを貼った。心ない中傷が今なお続く中、平穏な日々を手繰り寄せようとする更紗と文の姿を描いていく。

 李さんは、「悪人」(2010年)や「怒り」(16年)といった作品で、何かをきっかけに表出する、人間の白黒つけられない複雑な感情をあぶり出してきた。一方、本作は、それらとは異質の、温もりを感じさせる作品になっている。

── 子どもしか愛せない文の問題の根源は非常にデリケートです。表現の自由という観点から、描く際に配慮したことは。

李 この映画に限りませんが、 “見世物”にしないということです。刺激があるから、驚きを持たれるから、表現として目立つからということが入り口であってはならない。表現の自由というと、ヘイトスピーチが議論にのぼりますが、それが表現の自由に値するか攻撃になるかという判断基準は、ある程度の人は備わっている気がします。

 ただ今は、何かを発信したり発露したりする時に、それによって受け手がどういう思いに至るかの想像が抜け落ちている気がします。そういうことを自分自身でも考えるのが、表現する身としては必要だと思っています。

撮影監督にホン氏起用

 本作の撮影監督は、20年の米アカデミー賞で、非英語作品として初めて作品賞を受賞した韓国映画「パラサイト 半地下の家族」(ポ…

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