週刊エコノミスト Onlineロングインタビュー情熱人

4年ぶり10冊目の小説が初の短編集になった理由

「僕は何か大きなテーマを自分で考えないと、書く意欲がわかないんですよ」 撮影=蘆田剛
「僕は何か大きなテーマを自分で考えないと、書く意欲がわかないんですよ」 撮影=蘆田剛

4年ぶりの小説『二千億の果実』 宮内勝典 作家/30

 人間の未来を問い続け、日本文学の枠を超えて世界性を追求している作家、宮内勝典さん。世界各地を歩きながら、40年ほど前から温めていたというアイデアが、小説『二千億の果実』として結実した。

(聞き手=大宮知信・ジャーナリスト)

「地球上の人間の意識を書き尽くしてみたい」

── 昨年秋、4年ぶりの小説『二千億の果実』(河出書房新社)を出版しました。壮大な宇宙の話からゲリラの闘い、食物連鎖、新型コロナウイルスの問題まで26編の短編で構成し、地球上のさまざまな現象や出来事を通して人間とは何かを問うています。

宮内 この地球上に生まれてきた人間の総数は、だいたい2000億人ぐらいだと推定されています。で、2000億人がそれぞれ脳があって、意識があって、いろいろな思いがある。僕にはその一個一個が「果実」だと思えるんです。それを全部書きたいと思っているんですが、書けるわけないですよね。書けるわけないけれど、書き尽くしてみたいなと思っているんです。(情熱人)

── それが『二千億の果実』の執筆の動機になっている?

宮内 はい。このアイデアは40年ぐらい前から持っていたんですよ。だけど、どうやってまとめていいか分からずに、着手できなかったんです。ただ、5年ぐらい前に、これなら書けるなという形式を思いついて、書き始めました。最初は「脳」がテーマ。類人猿の言語ですね。意識と言語の問題です。次は「闘い」です。中国残留孤児をテーマにした作品もあります。各章をそんなふうにくくって全体をまとめようと。

── いま問題になっている感染症をテーマとした「コロナの日々」も最後に収められていますね。

宮内 それは最後に付け加えたメッセージです。短編をこういう形で書いたのは初めて。それまで僕は長編ばかり書いていて短編はありませんでした。一貫して一つのストーリーを書いていたんですが、これは短編で、しかも一つ一つがバラバラでしょう。オムニバスといえばオムニバスですが、そういうことは意識していませんでした。

大文字「I」への違和感

── 多くはモノローグ的な一人称で書かれています。

宮内 純粋な三人称の小説は、描写をやらなくちゃいけないでしょう。描写は苦痛なんです。核心にズバッと入れないんですよね。この語りの方がズバッと核心に入れる感じがして、自然にそっちの方へ傾いていきました。

── 登場人物はテーマによって「おれ」とか「わたし」とかいろいろ変わりますが、英語で主語の「わたし」を表記する場合は一貫して大文字の「I」ではなく、小文字の「i」を使っています。これは何か意図があるんですか。

宮内 英語を話す人たち、主としてアメリカ人ですが、自分のことを「I」と大文字で書く。神を表す「GOD」も大文字です。神と私だけは大文字なんです。変だなと思いましてね。自分を神様と同じ大文字の「I」にするなんて、おこがましいというか、ずうずうしいというか。自我の形として大文字の「I」を使うことにどうしても抵抗があるんですね。

── 海外で暮らした経験が長くても、そのへんの感性はやはり日本人ということなのでしょうか。

宮内 昔、ロサンゼルスに住んでいた時、タイプライターで文字を打つと、「I」という大文字で始まるわけです。それが変だなと思って小文字にしてみたら、こっちの方が感じがいいやと思って。それからは手紙も小文字で書くようになった。今でもそうしています。

「ずーっとよそ者」の意識

『二千億の果実』の舞台は南米、アフリカ、ヒマラヤ、東京など広範囲。登場人物も類人猿から宇宙飛行士、南米のジャングルで最期を迎えた革命の英雄、地球外生命体との交信を試みる天文学者と多彩で、それぞれの物語から人類の歴史を描こうとする意欲作だ。時代も地域も環境も異なるさまざまな物語を見事に一つに紡ぎあげ、若いころから世界中を放浪してきた宮内さんの人生の結晶のような作品と評する人もいる。

── 放浪した国々は六十数カ国といわれます。単なる物見遊山の旅行とは異なり、気軽な一人旅だけでなく家族連れで生活の拠点を移したことも…

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