教養・歴史書評

コロナ禍で働き方は変わったのか? 就業実態パネル調査を基に分析=評者・藤原裕之

『仕事から見た「2020年」 結局、働き方は変わらなかったのか?』 評者・藤原裕之

編者 玄田有史(東京大学教授) 萩原牧子(リクルートワークス研究所調査設計・解析センター長) 慶応義塾大学出版会 1980円

コロナ禍以降、働き方に変化は? 就業実態パネル調査を基に分析

 テレワークの導入でオフィスに行かなくなった人、余った時間で副業や学習を始めた人、都心から地方へ移住する人など、コロナ・パンデミックを機に働き方やライフスタイルを変える人の情報を見聞きする機会が増えた。一方、周りを見渡すと、在宅勤務をしていたものの今では元通りの出勤生活に戻ったという会社員も多い。いったい何が変わって何が変わらなかったのか、変化の実像が見えづらくなっている。

 人々の行動変容を的確に捉えるには同一個人を追跡したパネルデータが最適だ。2020年とその前後で人々の働き方にどんな構造変化が起きたのか。11人の学者らが、リクルートワークス研究所の実施した全国就業実態パネル調査(JPSED)2020臨時追跡調査を用いて多角的に分析したのが本書である。

 2020年の働き方の変化を象徴するキーワードが「偏在」だ。仕事や働き方の変化は一様ではなく「一部」にとどまっている。テレワークは一部の企業が本格的にかじを切る一方、多くは元の出勤生活に戻っている様子がデータから確認された。テレワーク定着に欠かせない点として、信頼できる上司や仕事上の課題を解決する労働者代表の存在など、会社を離れても自分の仕事が適切に評価されている安心感が重要と指摘する。休業がもたらす偏在も大きい。コロナ禍の休業経験は、収入減少、レベルアップの阻害、憂鬱感の悪化、働きがいの低下をもたらし、その傾向は年齢や学歴、正規・非正規によって異なる。仕事・家庭の両立ストレスに関しては、テレワークを実施できた人ほど家事・育児時間の増加とストレスの緩和が認められた。筆者らはこうした変化の偏在が「新たな格差」につながる可能性があると警鐘を鳴らす。

 一方、労働市場の構造そのものについては感染拡大下でも大きな変化はみられない。急激なショックに対し非正規雇用が調整弁・吸収役となる構造は今回も確認された。都市と地方の失業格差もしかり。地方ではコロナ禍の影響が相対的に低かったにもかかわらず地方への労働移動は明確にみられない。日本の硬直的な労働市場は引き続き重要課題だ。

 本書を読み終わると、読者の意識は自然と「ここから先」へ向かう。新たな格差はさらに広がるか、それとも一部にとどまる新しい働き方が他の人々に普及していく可能性はあるのか。こうした疑問と関心に答えるには現在も継続中のJPSEDのパネルデータが不可欠となる。本書の続編が強く待ち望まれる。

(藤原裕之・センスクリエイト総合研究所代表)


 玄田有史(げんだ・ゆうじ) 1964年生まれ。『仕事のなかの曖昧な不安』で2001年に日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞。

 萩原牧子(はぎわら・まきこ) 1975年生まれ。2016年に「全国就業実態パネル調査」を立ち上げる。

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