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教養・歴史 書評

正義を考え続けた政治哲学者ジョン・ロールズを読むための入門書=評者・高橋克秀

『ジョン・ロールズ 社会正義の探究者』 評者・高橋克秀

著者 齋藤純一(早稲田大学教授) 田中将人(高崎経済大学非常勤講師) 中公新書 924円

今こそ求められる公正な社会 考え続けた政治哲学者の入門書

 時代がジョン・ロールズを求めている。むき出しの市場原理主義が格差を拡大し、専制国家が隣国を侵略する今日、リベラリズムの理論的支柱としての輝きを増している。

 昨年末ある朝食会に出席した。その日は冒頭の15分で岸田文雄総理が「新しい資本主義」を淡々と説明。次に経済団体連合会の十倉雅和会長が講演した。意外にも経団連は、目標として掲げるサステナブルな資本主義の確立に向けて、経済学者宇沢弘文氏の「社会的共通資本」と並んでロールズの「正議論」を土台に据えるというのである。

 米国の政治哲学者ロールズは、正義の問題を考え続け、その著作は公正な社会の原理を考えるために世界中で座標軸となってきた。人生が生まれ持った能力や家庭環境に左右されない公正な社会をつくることはできるのだろうか。

 主著『正義論』は1971年の刊行以来、それまで沈滞していた政治哲学を蘇生させた。ロールズの代名詞ともいえる「無知のヴェール」は高校倫理の教科書にも載っている。ロールズは仮想的な「無知のヴェール」という状態を設定し、そこでは人々は自己に関する才能や性別などの情報を持たないとされる。このようにバイアスを持たない平等な個人が正義の構想を議論すれば、自己に都合の良い構想を我田引水することは避けられる。こうした公正な手続きによって実質的な正義のための不偏的な議論が可能になるという。

 ロールズは日本との縁も深い。1921年に米国ボルチモアに生まれたロールズは、43年にプリンストン大学を繰り上げ卒業して兵役についた。ニューギニアとフィリピンで日本軍と戦い、九死に一生を得た。さらに占領軍の一員として日本に上陸し、原爆で破壊された広島の惨状を目にした。戦争体験は神の存在への疑念をもたらし、聖職者への道を断念したという。復員後は倫理学の道へ進み、コーネル大学、ハーバード大学で長く研究生活を送った。95年には、戦時において「一般市民は極限的な危機(エクストリーム・クライシス)の場合を除いて、直接の攻撃を受けることがあってはならない」と述べ、米国による日本各地への空爆と二度の原爆投下は不正であったと論じて大きな反響を呼んだ。

 ロールズ思想は大陸系の難解な思想に比べればまだしも読みやすい。とはいえ厳密に書かれた大著に挑むには先達の導きが必要だ。本書は原典に挑む研究者だけでなく、エッセンスを確実につかみたいという学生と社会人にとっても最高の入門書である。

(高橋克秀・国学院大学教授)


 齋藤純一(さいとう・じゅんいち) 1958年生まれ。2016~18年、日本政治学会理事長。著書に『公共性』など。

 田中将人(たなか・まさと) 1982年生まれ。拓殖大学、早稲田大学非常勤講師も兼任。著書に『ロールズの政治哲学』。

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