プーチンを告発・対決する著名投資家の回顧録が話題=冷泉彰彦
アメリカ 「プーチンとの戦い」赤裸々に=冷泉彰彦
ロシアによるウクライナ侵攻が続く中で、長年プーチン政権との「戦い」を続けてきた経済人の回顧録が出版され、話題となっている。著者のビル・ブローダー氏は、英国のヘッジファンド「エルミタージュ・キャピタル・マネジメント」を立ち上げて、主としてロシア経済の成長を願って投資を続けてきた。だが、投資活動を続ける中で、やがてプーチン政権の暗部を知るようになる。
4月に発刊された『凍結命令("Freezing Order") 資金洗浄、殺人などプーチンの攻撃に耐えた実録』は、2015年に話題となった『国際指名手配("Red Notice")』の続編にあたる。
ブローダー氏は、自分の顧問弁護士であったセルゲイ・マグニツキー氏が、ロシアの巨額横領事件を告発したことでロシア当局に拘束を受け、不審な獄中死を遂げたという経験を持つ。この事件を契機として、人権侵害を行った人物と組織を摘発するため、米国など各国で「マグニツキー法」の制定に奔走した。この事件は、一躍ブローダー氏を有名にしたが、事件以降のロシア当局は執拗(しつよう)にブローダー氏を敵視してきた。
本書は、18年にロシア当局が国際刑事警察機構を通じて世界中に逮捕状を拡散した結果、スペイン当局がブローダー氏を一時拘束したことから始まる。機転を利かせて危機から脱出した経緯を書いたかと思うと、今度は自分の幼少時に警察へ寄せた親近感を述べて、内心の「正義」を確立させてきた個人史も描かれる。
つまり、続編といっても時系列的には、マグニツキー氏を失った以降のプーチンとの戦いだけでなく、自分の半生を振り返る中で、プーチン大統領との対決という宿命に立ち至った経緯が幅広く述べられている。ウクライナ侵攻を受けて、西側世界はロシアに経済制裁を科すとともに、オルガリヒというロシアの富豪集団にも厳しい圧力をかけ始めた。
このプーチンとオルガリヒの関係、そして彼らがどのように資金洗浄や横領を行ってきたか、こうした問題の追及に当たって、ブローダー氏は西側世界において最大の鍵を握る人物と言える。そのブローダー氏が「プーチンとの戦い」の実態を赤裸々に記述した本書、もしかしたら大ベストセラーになるかもしれない。
(冷泉彰彦・在米作家)
この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。