週刊エコノミスト Online東奔政走

崩壊の瀬戸際にある戦後国際秩序の中で日本が取るべき選択とは=平田崇浩

    防衛大学校の卒業式の後、卒業生や在校生と懇談する岸田文雄首相(中央左)と岸信夫防衛相(同右)=3月27日
    防衛大学校の卒業式の後、卒業生や在校生と懇談する岸田文雄首相(中央左)と岸信夫防衛相(同右)=3月27日

    危機直視せぬ安保論議の貧困 直ちに日米で戦略協議を=平田崇浩

     ロシアのウクライナ侵攻は、世界各国に安全保障政策の点検と見直しを迫ることになった。もちろん、日本もその例外ではない。

     岸田政権はちょうど今年の年末に「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」の3文書改定を予定している。中国の軍事的な台頭を受けて日本の安全保障政策を見直すのが最大の目的だったが、そこにロシアのウクライナ侵攻が重なった。

    本質論なき言葉遊び

     安保論議のスタート台が整った状態になったのかと思いきや、ウクライナ侵攻から1カ月以上が経過した4月上旬、防衛省が自民党に提示した検討資料には、世界史の危機的な転換点を直視する問題意識は見当たらなかった。

     従来から重点を置いてきた宇宙・サイバー・電磁波などの新領域と呼ばれる分野の記述が並び、ロシアについては「極東地域での軍事力強化を継続しつつ、中国と連携した演習・訓練を頻繁に実施」など、ウクライナ侵攻前からアップデートされた形跡がない。

     ウクライナ戦争後を見据えた「シン・安保戦略」は自民党に丸投げか。ならば自民党内の議論に期待しようと注視していたら、こちらもまた「敵基地攻撃能力」の名称を「反撃能力」に言い換えるとか、防衛費の国内総生産(GDP)比の目標値を2%と明記するかどうかとか、本質的な議論から程遠い言葉遊びがクローズアップされ、外交・安全保障の専門家らをひどく落胆させた。

     安倍晋三元首相のように唐突に「核共有」の議論をあおれと言っているのではない。自民党内から聞こえてくる「核保有」の主張も、国際情勢を直視しない悪乗りの類いと言うほかない。今、必要な議論は何なのか。筆者が懇意にしている防衛省・自衛隊OBらと意見交換を重ね、急きょ、まとめたのが以下の論点である。

     まず確認したのは、世界の何が変わったのか。専門用語で言うと、脅威認識の根本的な修正だ。

     第二次世界大戦の戦勝国が核を保有し、国連安全保障理事会の常任理事国として世界の平和と安定に責任を負ってきたのが曲がりなりにも国連の建前だったわけだが、それは根底から瓦解(がかい)した。核武装した専制・独裁国家が、核の脅しにとどまらず、実際に核を使用する可能性があることを前提に、安保政策を組み立てなければならなくなった。それに対し各国が核武装するのが有効な対抗策なのか。核が拡散すれば、それだけ核戦争の勃発するリスクが拡大することも考えなければならない。

    三方に専制国家の脅威

     特筆すべきは、日本が置かれた安全保障環境の厳しさだ。中国、北朝鮮、ロシアという「核武装した専制・独裁国家」の脅威に三方を囲まれた現実。中国も北朝鮮もロシアの残虐な侵略行為を非難しようとしないことは、同様の愚行がこの東アジアで繰り広げられる悪夢を想起させる。

     核・生物・化学兵器の使用も辞さず、一方的に自国の権益を追求し、領土・領海などの現状変更を力ずくで達成しようとする専制国家陣営と、それに対抗する民主国家陣営に世界は二分されるのか。もし仮にそうなれば、東西冷戦の終結後にグローバル化した世界経済も再び切り離されかねない。

     現に欧州諸国はエネルギー資源のロシア依存から脱却しようと懸命だ。欧米や日本が戦略物資を敵性国家に依存するリスクを避けたければ、中国との相互依存関係にもメスを入れなければならない。こちらも返り血を浴びるが、「世界の工場」として経済成長を遂げた中国は本当に経済のデカップリング(切り離し)覚悟で、国際秩序を破壊する専制国家陣営に回る決断をするのか。日本としては、中国にそれを思いとどまらせる戦略を描かなければならない。

     今ただちに議論すべきは、敵基地攻撃能力の名称をどうするかでもなければ、防衛費をGDP比2%に増やすかどうかでもない。脅威認識の変更に伴う世界戦略の見直しについて「早急に米国と戦略協議を行うべきだ」というのが、私が意見交換した防衛省・自衛隊OBらの一致した見解だ。

     専制国家の核の脅しに対抗できるのは、米国が同盟国に提供する核抑止力しかないというのも厳然たる事実だ。中国に対し、台湾や尖閣諸島に侵攻すれば大きな代償を払うことになるというメッセージをいかに送るか。そのためにどのような日米の役割分担が必要なのか。まずはそこから議論を積み上げていくべきだ。

     日本が他国から攻撃されたとき、相手国に反撃する打撃力は米軍が担うというのが日米安保体制であり、それを前提に日本の国是たる専守防衛は成り立ってきた。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と憲法前文にうたった戦後国際秩序は崩壊の瀬戸際にある。日本が「反撃能力」を持つとすれば、日米の役割分担をどう組み直すのか。

     岸田文雄首相には、近く来日するバイデン大統領と日米戦略協議の開始に合意し、司令塔となる責任者を早急に指名することを提案したい。20年ほど前、9・11米同時多発テロ後の世界的な米軍再編の動きに合わせて日米間で始まった戦略協議は、その先例として参考になるはずだ。

    (平田崇浩・毎日新聞世論調査室長兼論説委員)

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