教養・歴史書評

金融市場の包括的把握に向け、最新の知見と近未来予測を解説=評者・土居丈朗

『金融システムの経済学』 評者・土居丈朗 

著者 植田健一(東京大学大学院教授) 日本評論社 2860円

金融危機後に蓄積した知見 規制の歴史から暗号資産まで

 金融システムは、世界的に、およそ10年に1度程度は大きく動揺するようにみえる。足元でも、資源価格高騰やコロナ禍での金融緩和の影響でインフレ圧力が高まっており、金利がゼロから急に上昇しかねず、動揺の火種がくすぶっている。

 振り返れば、リーマン・ショックで銀行危機に発展した世界金融危機からは10年ほどしかたっていないし、20年ほど前には日本での大手金融機関の連鎖的な破綻やアジア通貨危機を経験した。

 金融の仕組みを、システムとして捉え、経済理論に裏打ちされた形でその原理を体系的に理解したい読者には、本書は待望の書といえよう。世界金融危機以降、経済学界では金融システムにおける現象の知見を深めてきた。その成果も、本書にはふんだんに盛り込まれている。

 金融論は、経済学においても長年にわたり研究の蓄積がある。利潤動機に基づき資金の貸借を行ったり、裁定機会を見いだして投資家が金融商品を取引する。それらは、もちろん金融市場で働いている原理だが、債権者や債務者といった個々の経済主体の集合体としての金融市場全体を、断片的ではなく包括的にとらえる。そこが、金融システムの経済学がよって立つところである。

 金融取引には、情報の非対称性がつきまとう。だから、金融市場の発展の歴史は、規制の強化と緩和の歴史といってよい。その経緯も、本書では丹念に追っている。金融自由化が進むと、その間隙(かんげき)を突いて、不良債権問題や、金融機関の破綻が起きたりする。さらに、それを防ごうとするあまり、「大きくて潰せない(Too big to fail)問題に発展したりする。これらを踏まえ、金融規制はどうあるべきか。この分野での最前線の研究に携わる著者ならではの見方が、分かりやすく解説されている。

 さらに興味深いのは、本書で金融システムの近未来像にも迫っているところである。今後の金融システムは、暗号資産やデジタル・ファイナンスを抜きにしては語れない。中央銀行がデジタル・カレンシー(デジタル通貨)とどう向き合うかについて検討する時代である。デジタル・カレンシー時代の金融システムは、今までと何がどう変わるのか。まだ完全には見通せないとはいえ、論理的に考えられうる変化の可能性についても、本書では言及している。経済学に基づく著者の推論には説得力があるとともに、貨幣論を根源的に考えてきた経済学者の学説の温故知新という側面が、デジタル・カレンシーにはあるように思える。

(土居丈朗・慶応義塾大学教授)


 植田健一(うえだ・けんいち) 東京大学経済学部卒業後、大蔵省(現財務省)に勤務。その後、国際通貨基金(IMF)にエコノミストとして勤務後に現職および東京大学金融教育研究センター長。

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