教養・歴史書評

労使関係への介入や累進税制の強化に積極的=評者・井堀利宏

『格差と闘え 政府の役割を再検討する』 評者・井堀利宏

編者 オリヴィエ・ブランシャール(ピーターソン国際経済研究所シニアフェロー)/ダニ・ロドリック(ハーバード大学ケネディスクール校国際政治経済学フォード財団教授) 訳者 月谷真紀 慶応義塾大学出版会 3520円

税制、社会保障、労働市場…… 政府の強い介入求めた論文集

 ここ数十年で経済格差は世界的に拡大傾向にある。ごく少数の大富豪(富裕層)が巨額の富を蓄積している一方で、多くの貧乏な人(貧困層)は所得も少なく資産もほとんど持っていない。所得や資産の大きすぎる格差に不公平感や失望感を持つ人は多いだろう。2020年のコロナ危機でも富裕層は株価の増加で所得や富を増加させたが、現場で対面仕事をするエッセンシャルワーカーなど貧困層の所得は低迷した。

 本書は、経済学、哲学、政治学の世界的に著名な研究者が「格差と闘う」政策について議論した19年のカンファレンスをまとめた論文集である。29の章にわたって、格差拡大の要因や格差是正の考え方、具体的な政策手段について、白熱した議論が展開されている。必ずしも一致した政策提言がまとめられているわけではないが、それでも、強い政府の役割を求めることで共通の認識がある。格差是正は今日の最優先課題であり、その解決法は政府介入の撤廃や経済成長の果実に期待する市場経済重視ではなく、より踏み込んだ貧困対策とより直接的な格差是正にある。税制だけでなく社会保障制度や労働市場の規制、貿易とグローバル化への対応などでも、具体的な格差是正策が議論されており、格差問題の格好の入門書だろう。

 序章では、政府が介入する経済段階を、生産前、生産過程、生産後の三つに分類し、また、格差の対象を、下位層、中間層、上位層の三つに分けて、格差に影響を及ぼす政策を論点整理しており、全体の議論の流れを把握する上で有益である。特に、市場経済を信頼するはずの経済学者が、中間層へ優良な仕事を創出させるために、労使関係への直接的な政策介入を肯定しているのは、注目に値する。また、EITC(勤労所得税額控除)や幼児教育への補助金、累進税制の強化などでも、多くの参加者は積極的である。なお、ベーシックインカムや資産課税強化については、メリットとデメリットの両方に議論が分かれており、その多様さも本書の特徴である。特に、資産課税の強化について有力経済学者の意見が異なるのは興味深い。

 日本の格差問題を考える上で、今後重要視すべき対象者は、若い世代の貧困層だろう。高齢化社会では高齢者はそれなりに配慮されているが、若い世代の貧困になかなか政治の手が伸びていない。本書は主として米国の格差問題とその是正を念頭に議論しているが、日本の若い世代、将来世代の格差・貧困対策を考える上でも、重要な示唆を与えてくれる。

(井堀利宏・政策研究大学院大学名誉教授)


 Olivier Blanchard 1948年フランス生まれ。著書に『ブランシャールマクロ経済学(第2版)』など。

 Dani Rodrik 1957年トルコ生まれ。著書に『グローバリゼーション・パラドクス』など。

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