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チェブラーシカも戦争反対? ロシア語翻訳家の児島宏子氏に聞く

チェブラーシカの映像家たちも困難な状況のなかで戦争反対の声を上げている
チェブラーシカの映像家たちも困難な状況のなかで戦争反対の声を上げている

ロシアのアニメ界が上げる反戦の声

 ロシアのウクライナ侵攻に抗議して、ロシアのアニメーション作家らが反戦を訴えている。ロシアの人気アニメ映画「チェブラーシカ」の日本語版字幕を担当し、原作の翻訳も手がけている児島宏子氏にロシアのアニメ映画界が戦争をどう受けとめているかを聞いた。

(聞き手=杉浦かおり・早稲田大学非常勤講師)

(構成=桑子かつ代・編集部)

児島宏子氏
児島宏子氏

―― ロシアのアニメはソ連時代から海外でも人気の作品が多くありました。

児島 ソ連時代は検閲が厳しかったと言われています。しかし、子ども向けの作品は比較的表現が自由だったのです。そのため、才能があり、政権に批判的な人々が絵本やアニメーションの制作現場に集まりやすかったかもしれません。

 ウクライナ侵攻直後、ロシアのアニメ作家ら260余人は、戦闘行為を非難する声明を出し、ウクライナからの即時撤退を求めた(署名は最終的に1000人を超えた)。反戦抗議の筆頭は101歳のレオニード・シュワルツマン氏。チェブラーシカのイメージを最終的に生み出した美術監督だ。チェブラーシカは1969年にソ連で誕生して以来、ロシアで知らない人がいないほどの人気キャラクターだ。オリンピックでロシア代表選手団のマスコットにもなった。

―― チェブラーシカは可愛いイメージの反面、何やら哀愁も漂っています。政治的なメッセージが含まれているのですか。

児島 メッセージがあるとしたら、孤独な子供や大人に対して、みんな同じ、一緒だよという励ましでしょうね。第二次世界大戦後のソ連は孤児が多くて、住む家もない子どもが大勢いました。チェブラーシカの第1話には親や保護者が出てきませんが、実際の出来事を映したものです。

―― チェブラーシカは何の動物がモデルなのか公表されていませんね。

児島 不思議なキャラクターの姿は、原作者エドアルド・ウスペンスキー氏(1937~2018年)の経験に根ざしています。ソ連時代、冬の防寒着が毛皮しかなかった頃に、毛皮を安く買える夏に、子どもが長い期間着られるように少し大きめのサイズを選んで試着させると、ぶかぶかの毛皮に足を取られて少し歩いては倒れる。こうした、すってんころりん、という言葉からチェブラーシカという名が生まれたのだと思います(チェブラフヌッツァはロシア語で「音をたてて転ぶ」の意味)。

 反戦の署名には、アニメ映画監督で80歳のユーリ・ノルシュテイン氏も名を連ねる。「霧につつまれたハリネズミ」や「話の話」などで日本でも高い人気だ。スタジオ・ジブリを設立した高畑勲氏、宮崎駿氏とも交流が深い。児島氏はノルシュテイン氏の書籍の翻訳も務めている。

『きつねとうさぎ ロシアの昔話』(福音館書店、翻訳:児島宏子氏)
『きつねとうさぎ ロシアの昔話』(福音館書店、翻訳:児島宏子氏)

―― 「話の話」には出征する兵士とワルツを踊る女性たちが取り残されていくエピソードなど、戦争の影が濃いですね。

児島 1941年生まれのノルシュテイン氏には、死産を経験した叔母の記憶があります。爆撃や銃弾による死、戦火の影響で失われた命がたくさんあります。それらを幼いノルシュテインは見ていました。反戦の署名は、そうした経験をもう誰にもさせたくないという気持ちからでしょう。

―― ロシアはソ連時代から軍事、国防の意識も強い国です。

児島 チェブラーシカの原作本にはそうしたエピソードがたくさんあります。その中でチェブラーシカがソ連時代の軍隊のキャンプを訪れる話もあります。戦闘機に乗ってパラシュートで降下したりします。

 日本の感覚ではびっくりです。しかし、戦争の犠牲者数が桁違いのソ連では、軍に対する感覚が日本人からは想像がつかない次元にあります。今回のウクライナへの軍事侵攻も、自分たちを守るはずの軍隊が、よりによって兄弟国で残酷なことを…という衝撃もあるように感じます。

 私自身、もちろん戦争は絶対悪だと声を上げ続けています。一方で、ロシアの人々が抱くNATO(北大西洋条約機構)への恐怖心にも驚かされてきました。敵対する国へのロシアの態度、今後どうやって信頼感を育むのか、いろいろ考えます。これは今後戦争が終わった後も、ずっと続く課題でしょう。

シュワルツマン氏と児島宏子氏(モスクワのノルシュテイン氏のスタジオで)
シュワルツマン氏と児島宏子氏(モスクワのノルシュテイン氏のスタジオで)

(略歴)こじま ひろこ 1940年生まれ。ロシア語通訳、翻訳家、映画字幕翻訳、エッセイスト。東京ロシア語学院卒。73年モスクワ大学ロシア語教師養成セミナー留学。著書『チェーホフさん、ごめんなさい!』(未知谷、ロシアでも出版)、『アニメの詩人ノルシュテイン 闇から光を、光から色を』(東洋書店新社)、訳書『ソクーロフとの会話』(河出書房新社)など。『きつねとうさぎ ロシアの昔話』(福音館書店)の翻訳で2004年日本絵本賞受賞。

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