教養・歴史書評

市場経済から資本主義が生まれる論理を探り、経済を根本から考え直す=評者・田代秀敏

『経済の起原』 評者・田代秀敏

著者 大澤真幸(社会学者) 岩波書店 2530円

根拠なき神話を論理的に否定

経済の現在と未来を精緻に考察

 不透明極まる情況の最中(さなか)であるからこそ、「経済の現在そして未来」を考えるために、「経済の起原」を考えることが求められている。「宇宙の現在そして未来」を考えるために、「宇宙の起源」を137億年前のビッグバンとするように。

 ビッグバンを目撃した者がいないように、経済の起原を目撃した者はいない。それなのに、「まず物々交換があり、そこから貨幣が誕生して商品交換が始まり、その後に貨幣の応用的な形態として硬貨(金属貨幣)が登場し、最後に信用貨幣が登場する」 という根拠のない物語が語り継がれてきた。

 そうした「神話」が「貨幣は物々交換の潤滑油に過ぎない」という貨幣観を培養し、世界大恐慌や世界金融危機の時をはるかに超える速さで赤字が増え、第二次世界大戦時に匹敵する対GDP(国内総生産)比に債務が膨張するのを許してしまったのだとしたら、「経済の起原」を問うことは喫緊の課題であるだろう。

 博覧強記の著者は恐るべき博識を精緻に駆使して、本来の貨幣は流通するようになった借用証書つまり信用貨幣であり、その後に硬貨が登場するのと同時に商品交換が始まり、何らかの理由で硬貨が失効すると物々交換が行われると看破する。

 経済学が掲げる「物々交換→硬貨→信用貨幣」という「神話」を論理的に否定し、「信用貨幣→硬貨→物々交換」の順序で経済が誕生したことを探求する作業が、最初の五つの章で緻密に展開される。

 論述は、経済学のあらゆる古典と同じく、自らを説得するように、慎重に一歩ずつゆっくりと進む。だが、経済学、社会学、人類学、哲学の文献が縦横に参照される展開は知的興奮に富む。

 しかしながら本誌の読者には、まず第6章「商品交換と市場経済」を読み、次に最終章「結ばぬ結び」の第2節「贈与と負債の合致」を読んだ上で、目次を利用して興味ある箇所を開くことを強く勧めたい。

「聖書は、金融取引の言語を多用している」 「(神々に捧げられている)聖娼婦と街娼は紙一重なのだ」 「市場で取引しながら、人は、多様な商品を、抽象的な貨幣価値において同一であると見なす」など著者による箴言(しんげん)の数々は、読者の思考を刺激してやまないだろう。

 本書は、「経済の起原」から市場経済が誕生する経緯ではなく論理を探求する。市場経済から資本主義が誕生する論理の探求は「次なる主題」としているものの、経済を根本から考え直すための道具に満ちている。

(田代秀敏、シグマ・キャピタル代表取締役社長チーフエコノミスト)


 大澤真幸(おおさわ・まさち) 1958年長野県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。社会学博士。月刊個人思想誌『大澤真幸THINKING「0」』刊行中。『新世紀のコミュニズムへ』など著書多数。

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