教養・歴史書評

新聞社の負のスパイラルから著者自身の退職勧奨まで=評者・黒木 亮

『危機の新聞 瀬戸際の記者』 評者・黒木亮

著者 坂夏樹(元毎日新聞記者) さくら舎 1760円

厳しい現実を冷静に直視

元毎日新聞記者による訴えを読む

 今や日本の財政、新型コロナ、政治など、さまざまなテーマに関し、膨大な数の「トンデモ説」がネット上で飛び交う時代になった。

 しかも、ものによっては、国民の半分くらいがそれを信じていたりするので、始末が悪い。そういう人たちに会って話をすると、ほぼ全員が、スマホでネットニュースやSNSばかり見ている人たちだ。

 他方、事実をきちんと認識し、洞察力を感じさせる意見を持つ人たちは、たいてい新聞を読んでいる。

 書き散らしのネットニュースやSNSと違い、新聞の場合、記者が現場で取材したり1次資料を入手したりして原稿を書き、それをキャップ、デスク、整理部など、複数の目でチェックし、はじめて記事になる。

 国家の健全な運営は、国民の良識あってこそだが、その土台というべき新聞が危機に瀕(ひん)している。

 評者は、職業柄数多くの新聞社と付き合ってきた。この20年あまりの間、聞いたのはリストラの話ばかりである。現場の記者の数、支局や通信部の数、社員数、保有不動産、傘下のメディア、ボーナスなど、ありとあらゆるものが情け容赦なく削減され、もはや企業として成り立たなくなるのではないかと本気で心配させられる。また斜陽産業になったため、優秀な学生も入らなくなり、負のスパイラル状態に陥っている。

 本書の著者は、毎日新聞の元記者で、主に大阪社会部で働いた人物である。新聞社が直面する底なしに厳しい現状を、還暦前に自分が受けた退職勧奨のプロセスまで含め、冷静な筆致で明らかにしている。

 残念ながら本書では、問題に対処するための処方箋は示されていない。これだけ大きく深刻な問題では、致し方のないことだろう。ウクライナ紛争を機に、日本の防衛体制があらためて議論されているが、新聞の衰退はそれに匹敵する問題であり、早急な対処が必要だと評者は考える。

 厳しい話が多い本書ではあるが、本来の情報収集のあり方、Zoomなどデジタルツールの功罪、人に会うことや情報をクロスオーバーさせることの大切さなどが随所に書かれていて、多くのビジネスパーソンにとって示唆に富む内容になっている。

 個人的には、公職選挙の結果を10人単位まで予測する2人の「票読みの神サマ」の手法と、追い返されるのを覚悟で事故死した子どもの写真をもらいに行き、祖母と妹から家族の想いを聞かされて、人の死の重みを感じた著者自身のエピソードが興味深かった。

(黒木亮・作家)


 坂夏樹(さか・なつき) 1961年大阪府生まれ。新聞記者として警察、司法、行政などを主に担当し、バブル経済期の闇社会の特命取材にも携わった。著書に『千二百年の古都 闇の金脈人脈』『命の救援電車』など。

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