分断深まる今だからこそ「アジア共生社会」を提唱する=評者・上川孝夫
『アジア経済論』 評者・上川孝夫
編著者 小林尚朗(明治大学教授) 山本博史(神奈川大学教授) 矢野修一(高崎経済大学教授) 春日尚雄(都留文科大学教授) 文眞堂 2860円
結びつきながら発展を持続
近年急速な発展を遂げたアジアは、現在、新型コロナウイルス禍の長期化に直面している。アジア地域は多様で複雑であるが、アジアの目指すべき理念を「新しく創造する共生の地域社会」と捉えて、18人の執筆陣が検討を試みている。
アジア経済はこの間、大きく変貌した。1990年代以降のITの発達により、製造工程の細分化が可能になり、工程間国際分業が進展した。21世紀に入ると、域内市場が誕生する。この地域の発展は、世界市場と深く関わっており、各国別の分析では捉えられない。地域への関心も、量的発展から、環境、人口、ジェンダー、所得分配といった質的な課題に移っていると指摘する。
本書は3部から構成されるが、ホットな話題が満載だ。第Ⅰ部の経済発展論には、SDGs(持続可能な開発目標)や、大国化した中国やインドの動向が含まれる。第Ⅱ部は、サプライチェーン(供給網)、交通、サービス経済の分析である。そして第Ⅲ部には、経済成長と民主主義、格差、エネルギーと気候変動、人民元国際化や一帯一路構想(中国が推進する広域経済圏構想)、日韓関係など、人々の関心の高いテーマが並ぶ。
コロナ禍で注目を浴びたサプライチェーンだが、自動車部品での混乱や半導体分野などでの米中対立を受けて、一部見直しの動きがあるものの、域内のつながりは変わらないという。繊維・アパレル関係では、バングラデシュの様子が関心を引く。製造工場の大事故で労働環境の改善が進んだが、コロナ禍で逆戻りした。この事故をきっかけに、英国では2015年に、強制労働や人身売買を禁じる「現代奴隷法」が制定され、他国に広まる。多国籍企業の受注に依存する地場企業の立場は弱く、いかに持続可能なサプライチェーンを構築するかが鍵だと説く。
経済成長と民主主義の関係も重要な論点だ。中進国に成長したタイの事例は、格差是正のための税制改革が奏功せず、徹底した階級社会が温存されるなど、問題の根深さを物語る。同時に本書は、アジアの民主主義の後退を危惧するなら、先進国にも自国の格差是正に向けた取り組みの本気度が問われるとクギを差している。
コロナ禍に続くウクライナ戦争の勃発で、アジアを取り巻く環境は一変した。経済圏としてのあり方のみならず、地域の安全保障などにも再考を迫る動きがある。世界が分断を深める今だからこそ、「アジア共生社会」の創造を提唱する本書の意味は大きい。
(上川孝夫・横浜国立大学名誉教授)
小林尚朗(こばやし・なおあき) 世界経済論、貿易論が専門。
山本博史(やまもと・ひろし) アジア経済、タイ地域研究が専門。
矢野修一(やの・しゅういち) 世界経済論、開発経済論が専門。
春日尚雄(かすが・ひさお) 経済政策、ASEAN経済が専門。