アジア諸国も高齢化する数十年で、日本が直面する試練=評者・井堀利宏
『人口大逆転 高齢化、インフレの再来、不平等の縮小』 評者・井堀利宏
著者 チャールズ・グッドハート(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス〈LSE〉名誉教授) マノジ・プラダン(Talking Heads Macro〈マクロ経済リサーチ会社〉創業者)
訳者 澁谷浩
日経BP 3300円
デフレよりインフレの制御が必要
日本に迫る停滞を回避する政策とは
出生率の低下(=少子化)と寿命の上昇(=高齢化)で、日本の人口構成は勤労世代中心から老年世代中心へと劇的に変化しているが、中国や韓国などアジア諸国でも近い将来そうなる。こうした人口構成の大きな変化=「大逆転」をグローバル世界の文脈で分析する本書は、今後数十年に金利が上昇し、インフレ圧力が高まると予言する。
まず、出生率の低下と高齢化で、生産を担う現役世代は縮小して、労働供給が減る一方で、高齢者は需要の主役となり、高齢者介護費用も大幅に増加する。グローバル化はこれ以上期待できず、むしろ減速する。労働者の交渉力は強くなり、不平等が改善されても、経済は停滞し、需給バランスが超過需要になり、インフレと金利上昇の圧力は高まる。
ところで、高齢化最先端の日本の現状はデフレであり、本書の予言とは異なる。この矛盾を解く鍵は中国の役割にある。日本で少子高齢化が進んだ時期は、中国などのアジア諸国で人口大逆転が起きる前であり、彼らの労働供給が増加したため、日本でもインフレ圧力が大きくならず、また、日本の経済成長率もそこそこのプラスを享受できたと考える。
2000年代以降の日本は、中国などの労働力が利用可能となって、また、グローバル化の進展で世界経済も活性化し、インフレが抑制された幸運な時期であった。しかし、今後は中国などでも人口の大逆転が生じるから、幸運な時代は終わり、世界全体でデフレ傾向からインフレ傾向への転換、金利の上昇とマイナス成長は避けられない。中国が高齢化して経済が停滞し始めると、日本経済はさらに厳しくなる。
日本銀行は2%のインフレ目標の達成を至上命令としているが、こうした非常時に限定した目先の視点で日本経済の今後を展望することは危うい。もちろん、医療科学の進歩で高齢者の健康寿命が増加し、彼らの労働供給が増加することはプラスの材料であるが、その量的な効果は限定的だろう。不幸なシナリオを回避するには、大胆な政策転換が必要となる。金利が上昇すれば、歳出の効率化や税収の確保は不可欠であり、法人税の改革なども候補となる。年金の支給開始年齢を遅らせる改革も有力だろう。
数十年の先を展望すると未来は過去と全く違う姿になり、インフレをコントロールできるかどうかが試練だという本書の予言は悲観的かもしれないが、せいぜい数年先までの短期を想定している経済分析と対照的であり、刺激に満ちた議論である。
(井堀利宏・政策研究大学院大学名誉教授)
Charles Goodhart イングランド銀行エコノミスト、LSE銀行・ファイナンス名誉教授などを歴任。
Manoj Pradhan モルガン・スタンレーのマネージング・ディレクターを務めた。数量マクロ経済学が専門。